旅立ちと出会い(執筆中)

16歳の誕生日を迎えた朝。母に伴われて城への道を歩きながら、私は見慣れた街並みを見渡していた。そう遠くないうちに、生まれ育ったこの街に別れを告げることになるのだ。今のうちにこの風景を目に焼き付けておきたい。 「サーシャ、無理は禁物よ。まずはこ…

(仮)36

ビリビリと電流が走るような感覚に、上体をよじってただただ逃げようとするものの 先輩の胸を押し返す腕には力が入らず。 あ、まずい。 腰が抜ける。 かくっと膝が力を失った瞬間、先輩が素早く腰を支えてくれた。 ようやく耳から離れた先輩は、満足そうに笑…

(仮)35

桐光山を出て寮へ戻る時、少し肌寒い風を切って進むバイクにまたがって先輩の体温を感じながら思ったことがあった。 頑張りなさいよと言った瑛さんと、焦った様子の先輩。 あの時は、どういう意味の会話が交わされていたのかわからなかったけれど。 こうして…

(仮)34

俺の目の前には小悪魔がいる。 それも、天然ものだ。 瑛の登場ですっかり毒気を抜かれたというか、水を差されたというか……ともかく、あの後俺たちもすぐに店を出た。 まあ、軽く21時を過ぎていたのも理由のひとつではあったが…… あのままあそこにいたら、…

(仮)33

不思議な感覚だった。 テレビでオネェという人たちを見ても、嫌悪感もなければ特に好きだとも思わなかったのに。 黒瀬さんは、とてもとても素敵で。 オネェだったからこその魅力なんだなって、素直にそう思えた。 「拓はまだ知らないのか?」 「知ってたらあ…

(仮)32

ふわっと緩くウェーブしたセミロングの髪は艶やかで、少し垂れ目がちの瞳は長いまつ毛の奥に黒曜のように煌めき、左目の下には色っぽい泣きぼくろ。 紅過ぎないワイン色のルージュは色白な肌によく映えていて。 私の頬をつついた指先は、黄昏時の空の色みた…

(仮)31

俺の問いかけに、琴馬は滅相もない!と大袈裟に首を振った。 「私にそんな力は無いですよう、霊と遭遇 するだけで金縛りにかかっちゃうような私では祓えるわけもないですし……」 それに、と。 神妙な顔つきで琴馬は窓から見える夜景を見つめる。 その横顔は、…

(仮)30

琴馬が初めてのコース料理にアタフタしつつも、しっかりと味わって、プッシー・キャットも飲み干した頃。 俺は煙草の先に火をつけて、ふうと紫煙を吐き出した。 「あの先輩、聞いてみたい事があるんですけど、いいですか?」 「ああ、答えられることなら答え…

(仮)29

遠く、遥か遠くに見える山の稜線に、鮮やかな朱色が沈んで行くのを、私たちは黙って見つめていた。 先輩が、人ではない ──── 驚いたかと問われれば、それはもちろん。 思わず涙も止まるほど驚いた。 目の前に、大きな黒い翼を持った「天狗」が浮いていたのだ…

(仮)28

泣きそうだった琴馬は、今はただ唖然として俺を見上げていた。 まぁ、当然だろうな。 背中に羽根生やした俺が目の前に浮いてるんだから。 「わかったろ、俺が消えるかと言った理由が」 俺は妖怪で、お前は人間だ。 実る恋ではなかったんだ、だから言いたくな…

(仮)27

どこへ行くのか、とは聞かなかったし、先輩も何も言わなかった。 黙って5分ほど走ると先輩は、舗装もされていない脇道へ入り、そこでバイクを降りた。 「ここから少し奥へ入ると小川があるんだ。展望台が有名すぎて、誰も来ない」 言いながら先に立って歩き…

(仮)26

先輩が、うーんと唸る。 「わかりかけてるような気はするんだよな。……少し、整理したい。独り言みたいになると思うが、聞いてくれるか?」 「はい……」 私が頷くと先輩は少しホッとしたようにサンキュ、と言った。 そして、少しまた考える仕草を見せて、ぽつ…

(仮)25

宿泊施設の1階にあるレストランにたどり着き、30分ほど並んでようやく席に案内された時には、先輩はぐったりとしていた。 「人の多いとこは苦手なんだよな……」 「私もあんまり得意じゃないですけど……先輩ほんとにダメそうですね」 弱りきった先輩を見て、…

(仮)24

食堂での昼食のあと、食後の珈琲まで堪能していたら思いのほか時間は早く過ぎ。 出発したのは、14時だった。 近場なのでそれでも十分に余裕はあるが、帰りは外食しないと食堂の夕飯に間に合わせるには少々スケジュールがタイトすぎる。 「展望台の近くに宿…

(仮)23

「さっそくそれかぶってツーリングと行きたいところだが……どっか行きたいとこあんのか?」 寮のエレベーターホールで立ち止まって先輩が振り返るが、いきなり行きたい所と言われても急には思いつかなくて。 私はふるふると首を振る。 「どーすっかな…………お?…

(仮)22

私は漫画も読むが、どちらかというと小説が好きだった。 推理小説や歴史小説、家業の影響か、やれ陰陽師だの祓い屋だのといった和風のSF小説などが好きだ。 とりわけ好きな作家の作品では、男女が情を交わした翌朝の描写として珈琲を飲むシーンだったりが…

(仮)21

「それで、どうだった」 男は木の根に腰掛けて俯き、顔を上げることもせずに問うた。 腰まである長く白い髪がその顔を覆い隠し、表情を窺い知ることは出来ないが、その声は少しの期待を含んでいた。 年の頃は四十には届かないといったところか。 髪と同じ色…

(仮)20

眠りについたのは、確か0時頃だっただろうか。 ふと目が開いたものの、鳥の声もしないし、辺りが明るくないところを見ると、夜はまだ明けていないらしい。 どれくらい眠っていたんだろう ──── 暑い。 じっとりと全身に汗をかいているようだ。 私はとりあえ…

(仮)19

それなりに頑丈なベッドとは言え、2人乗れば少しは軋むもので。 ギシッという音がする度に妙な気恥ずかしさを感じてしまう。 生まれてこの方、家族や親戚以外の男性と同衾するなどという事がなかったのだから当然といえば当然なのだが。 さっきまでの睡魔は…

(仮)18

「玄関先にずっといるわけにもいかねぇだろ。入れよ」 部屋の入口で私を振り返り先輩が言うけれど おずおずと靴を脱ぎ、部屋へと足を踏み入れたものの、やっぱり私はそこで止まる。 だってさっき、ここで先輩と「かけひき」をしたんだ。そして逃げ出した。 …

(仮)17

どれくらいの間、考え込んでいただろう。 私は自分の部屋の前で立ち尽くしていた。 ひやりとした夜の空気に身を震わせて気付いた、パジャマを借りたままだ。 服も置いてきてしまったし。 とは言え、今更忘れ物しちゃいましたと顔を出すのも気まずいし ──── …

(仮)16

制御不能です、盆とハロウィンとクリスマスと正月が一斉にやってきたような大騒ぎです、私の頭の中。 だって。 だってだって。 だってだってだって!! 近い。 べらぼうに近いんですよ先輩が。 肩とかくっついちゃってるしもうコレってじゃれ合う恋人同士の…

(仮)15

もう22時前なんだ……。 私は思わず目を逸らす。 明日は土曜日 ──── 休日だけど、だからと言ってこのままここに居ていい理由にはならないわけで。 いくら子犬のような扱いを受けてるとは言え、ひとつ間違えば男と女……何が起こっても不思議ではない。 気まぐ…

(仮)14

ピンポーンと柔らかい音が廊下に響いた。 ためらうなと言われたものの、やっぱりちょっと緊張してしまって、ボタンが押せたのは何度か深呼吸をしてからのこと。 ドアを開けた先輩は、やっぱり苦笑いしていた。 部屋に入ると先程の黒いマグカップに冷たいカフ…

(仮)13

ちょうどいい暇つぶしになるだろうし、気になってるみたいだからなと手渡された「コードのない」コントローラーをおっかなびっくり操作し、始まったゲームのオープニングで画像の美しさに仰天し。 最初のイベントで主人公が声を出して喋ったところで固まり、…

(仮)12

鍵をかけ、階段を飛ぶように駆け下りる。 1階下ならエレベータを待つより早い。 「ここだよね……」 307と書いてあるプレートを2、3度確認して、深呼吸する。 チャイムを押すだけなんだけど、やけに緊張してしまうのだ。 すーは、すーは、と胸に手を当て…

(仮)11

食堂棟を覗いた後、再び中庭に戻ってきたところで先輩は立ち止まる。 「17時半か、飯には早いな……そういやお前、荷物とかはどうなってんだ?」 「今日のお昼におばーちゃんが持ってきてくれてるはずなんですけど……えーっと部屋は……407号室かな」 「40…

(仮)10

そうだった、今日からは寮なんだ。 一応、鍵と地図は貰ってあるんだけれど……10分くらい歩くって聞いたし、誰か寮生の子がいたら一緒に帰ってってお願いしようかな…… そう思って周りを見回していた時だった。 ひっと短く悲鳴が上がったのだ。 声を上げた同…

(仮)9

5時限目は校舎案内ですっかり潰れてしまったが、6時限目の授業はちゃんと受けさせてくれるつもりらしい。 先輩は休み時間に入る頃を見計らって教室まで送り届けてくれた。 当然、休み時間にはクラスのほぼ全員に囲まれるハメになったが。 「日生さんから白…

(仮)8

ふわり ──── と甘い香りが鼻腔をくすぐる。 甘ったるいわけではなく、柑橘系のフルーツのような爽やかで心地好い香り。シトラス系のコロンか何かかな……それに、先輩の鼓動が耳に伝わってくる。 ふう、と私は息を吐いていた。無意識のうちに。 安心したのだ、…