眠りについたのは、確か0時頃だっただろうか。
ふと目が開いたものの、鳥の声もしないし、辺りが明るくないところを見ると、夜はまだ明けていないらしい。
どれくらい眠っていたんだろう
──── 暑い。
じっとりと全身に汗をかいているようだ。
私はとりあえず掛布団を脱ごうとして
……あれ? 動けない?
「……どうした?」
少し掠れた、小さな声が聞こえて、私は一気に覚醒した。
まるで自分の中から響いてくるようなそれは、ぴたりと密着している先輩の声。
そうだった、私は……自分の部屋で寝ているわけじゃないんだった。
ここは寮の先輩の部屋で、先輩のベッドで、先輩の腕の中 ────
思い出して、顔が火を噴きそうなほど熱くなるがどうしようもない。
何も言葉を返すことができず、金魚のように口をパクパクさせていたら。
「……ああ、寝にくかったか……?」
いつになく、のんびりとした感じの声。先輩も眠ってたんだろうか。
私をがっちりと抱きしめていた腕をそっと外した先輩の声は、少し鼻にかかっていて。
「ち、ちょっと……暑く、なって」
腕は緩めてくれたが、何となく動けなくてようやく一言だけ返す。
先輩は自分の腕をゆるりと持ち上げて、手のひらを2、3回握ったり開いたりして。
「悪いな。久々にすんなり眠れそうだったんで、つい強めに抱いてたみたいだ」
「久々に……?」
「不眠症気味でな。だが今日は強烈な睡魔がすぐに来たんだよ、お前を抱いてたせいかな」
視線を上げると、ふわ、と微笑んだ先輩の顔が見える。
まだ少し眠そうな瞳で、柔らかく笑って。
ぎゅうっと、心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲ってきて、でもそれは苦しいとかじゃなく、とても甘い感覚で。
「ほらよ」
先輩は緩慢な動作で自分の頭の下から枕を抜き取ると、私に押し付けた。
「こっち向いて寝てるとまた無意識に捕まえそうだしな、俺は壁の方を向いて寝るよ」
そう言うか言わないかのうちに、先輩は壁際に寝返りを打ちかけたのだが。
自分でも驚いた。
気が付かないうちに、先輩の腕に手をかけて引き止めていた。
何してるの、私……
何を言っていいのかもわからないのに、また勝手に動いちゃってる。
「……琴馬?」
寝返りを打とうとした姿勢のまま、先輩が不思議そうに私の名を呼んだ。
その瞬間、私は今の自分の行動に根拠の無い自信を得る。
自分でも不思議だった。
先輩の声で琴馬と呼ばれただけなのに、「間違っていなかった」と思ってしまうなんて。
だけど、わかった……私が言いたいこと。
先輩が離れていってしまうのが嫌だった。
背中を向けられるのがとても嫌だった。
あの温もりを手放したくなかった。
……だから。
私は、ばさっと掛布団を跳ね除けた。
「これで! …………こ、これで、もう暑くありませんから……」
勢いよく跳ね除ける所までは良かった。
ただ、今自分がやったことはつまり「これで抱きしめても大丈夫ですよ」と告げているのと同じなのだと認識すると……やっぱ今の無しでお願いしますと言いたくなってくる。
先輩はそんな私を見て面食らったようだが、クッと笑った。
「今度は多分、朝まで離さねぇと思うけど。それでもいいのか?」
元よりそのつもりだった私は深く頷く。
先輩は寝返りを打つのをやめて体勢を戻し、わかったと呟いた。
「なら、そのご厚意には甘える。ただ一旦ちょっと出ようぜ、喉がカラカラだ」
言われた途端に私の喉も強烈に渇きを訴えだして、一も二もなくその案に飛びつく。
先輩が入れてくれたオレンジジュースを一気に飲み干して、人心地つく。
汗も引いて身体も冷え、やっと冷静さを取り戻し……ああそういえばと思い至って時計を見れば3時過ぎだった。
「一眠りはしたわけだな」
どうしよう、何となく区切りもいい所だし、今からでも部屋に戻るべきだろうか。
さっきのだって、ご厚意甘えるって社交辞令かもしれないし。
でも、よく眠れたって言ってたよね……私を抱いてたから、とか。
あぁ、あのままのタイミングでギュッとされていればまだ勢いで流れに乗れたのだろうけど、こうインターバルがあってからだとものすごく気恥ずかしい。
「おーい、時計がそんなに面白ぇかー?」
「はっ!? 」
またやった……!
今度は時計を凝視したままフリーズしていたらしい……。
先輩は特に気を悪くした様子もなく、ベッドに腰掛けて私を見上げて。
「おかえり。どうした、やっぱり帰りたくなったか? 俺は2時間とは言えぐっすり眠らせてもらったし、これ以上引き止めるつもりもねぇけどよ」
また、こうやって先輩は私を気遣ってくれる。
だけど私は、考えるより前に答えていた。
「帰りたくありません!」
だって、さすがにもう変なのはいないと思うけど……思うけど、どうぞ出て下さいと言わんばかりの時間帯なわけだし。
「お前な……そういう台詞、他の奴の前でうっかり言うなよ。正しく意味を汲み取ってくれる奴なんか1割も居ねぇぞ……あーもう、ならさっさと寝直そうぜ。今度はお前が壁側だホレ」
先輩に背中を押され、あわあわと両手をベッドについて壁側に収まり。
先輩は掛布団を腰のあたりまで引き上げると、私の頭の下へ腕を差し入れ、ほらと空いた方の腕をわずかに持ち上げた。
あ……あー、飛び込んでおいでってことですよね、はい。
女は度胸よ琴馬。
心臓が壊れるんじゃないかってくらい仕事してるとか、そんなのは気の所為ってことにしておいて。
「ふ、ふところ失礼します!」
そう叫んで思い切って飛び込んだら
先輩が窒息しそうなほど笑い転げて中々寝付けなかったのはまた別の話 ──── 。