(仮)19

それなりに頑丈なベッドとは言え、2人乗れば少しは軋むもので。

ギシッという音がする度に妙な気恥ずかしさを感じてしまう。


生まれてこの方、家族や親戚以外の男性と同衾するなどという事がなかったのだから当然といえば当然なのだが。



さっきまでの睡魔は吹っ飛んで、居眠りしなくて済むぞと喜んだのも束の間……むしろ睡魔に負けてさっさと落ちていたほうが良かったと気付いた。

だって、先輩が枕の位置を調節しようと動く度にギッとベッドが軋んで、鼓動が跳ね上がる。



こんな日に何もしやしないと言った先輩。
もちろんその言葉は疑ってなんかいない。先輩のことは信じられる。

そうじゃなくて、身の危険を感じるとかじゃなくて……近いのだ。





ダブルベッドではなくセミダブル。
シングルベッドよりは幅があるけど、それでも2人だと……先輩が近い。

背を向けているから正確にはわからないけれど、どう頑張ったって1メートルも離れているわけがないのだ。
おそらく、振り返ればそのままスッポリと先輩の胸に埋まるだろう。



DVDの内容なんて全く頭に入ってこなくて、ひたすらそんな事ばかり考えて、私は石像のように固まっていた。





「なぁおい」
「ひゃい!」

想像していたよりも更に近いところ……頭のすぐ斜め後ろで先輩の声がして、驚いた私は見事に噛んでしまった。


「そうガッチガチになるなよ。約束は守るっつったろ?」
「も、もちろん疑ってなんていません! ただ、どんな風にしてたらいいのかわからないのでこう……なってるだけです……」


実はそろそろ寝返りを打ちたいと思ってはいるんだけど。
下手をすれば先輩に抱きつくみたいになりかねないと思うと……





「……ふぅ」

先輩の溜息が私の頭の上を吹き抜けて髪を揺らす。

「こりゃお前に任せてたら眠る前に夜が明けちまうな。……いいか、しつこいようだが、何かしようなんて気は無いからな ──── 騒ぐんじゃねぇぞ」


え? と思った時にはもう、先輩の手が私の身体に掛かっていて。



力任せに引かれて転がされたと思ったら首の下に先輩の腕が滑り込んで来て ────

そのまま、もう片方の手を頭上に持ち上げたかと思うとその手は何かを数度ポンポンと押さえ…………ブツッ、プツッ、ピッとテンポよく聞こえた音。


一瞬で部屋が真っ暗になって、テレビとDVDプレーヤー、シーリングライトの電源を落としたんだとわかった。


リモコンから布団の上に戻ってきた手は、腰の辺りにあった掛布団の端をつまんで引き上げると、私の肩口まで来ていることを確認して、布団の上からやんわりと抱きしめる形で落ち着いた。




……これを息もつかせぬ速さでやってのけられたものだから、呆気にとられた私が我に返る頃には、すっかり先輩の腕の中にすっぽりで。


一気に顔に熱が集中したけれど ──── ふと気付く。


トン……トン……と。

先輩の手が、布団の上から私の背中を優しく叩いているのだ。子供をあやすように。



ベッドの中は先輩の香りでいっぱい。少し甘くて、安心する香り。

──── お昼にも感じた安堵感。




「ずっとここに居てやるから。さっさと眠んな」
低めの声が静かに私に染み込んでくる。





そう……この声に最初やられたんだった。
居心地の悪さみたいなものを感じたけれど、あれはおそらく「恋に落ちた」感覚を、私自身が認めようとしなかったから。



それから、笑った顔が素敵だってことに気付いて……。
ヒルな微笑みもかっこいいけれど、無邪気に笑うところが、心を鷲掴みにした。



そして、優しい人なんだとわかって ──── 。
さりげない優しさが、全て私に向けられていて。
どこまでもどこまでも私を甘やかして溶かしてしまう。




途端、睡魔が舞い戻る。
先輩の声、伝わる温もり。
まるで睡眠薬だ、これは……



「せん、ぱぁい……」



ほとんど無意識に。
スリ、と頬を擦り寄せていた。
甘えた声を出して、きゅうとしがみつく。


落ちかける意識の中、先輩が小さく何かを呟いた気がしたけれど……

















しん、と静まり返った部屋の中。
俺は腕の中ですやすやと寝息を立てる「それ」を、放り投げたい衝動にかられた。


「俺の理性を信用し過ぎだろう、この子猫め」


ちくしょう。
さっきのは反則だろ。


こいつは懐くとこうも無防備なのか、他の奴には危なくて近寄らせることも出来ないじゃないかと妙な責任感まで感じる。


「たく……何でこんな事になってんだかなぁ……」


ふぁあ、と欠伸をして
おや、と不思議に思った。
不眠症との付き合いは長いはずなんだが。
すごく、眠い ────



あぁ……こいつがあったけぇからかな……

久々に感じる、抗えない程の睡魔。
眠りの淵へと急速に引き込まれていく快感に身を委ね、俺は琴馬を抱く腕に力をこめた ──── 。