(仮)18

「玄関先にずっといるわけにもいかねぇだろ。入れよ」

部屋の入口で私を振り返り先輩が言うけれど

おずおずと靴を脱ぎ、部屋へと足を踏み入れたものの、やっぱり私はそこで止まる。



だってさっき、ここで先輩と「かけひき」をしたんだ。そして逃げ出した。

思わず助けを求めて来てしまったけれど、やはり居づらい。
でも落ち着いたとは言え、今すぐ部屋に戻ってスヤスヤと眠れるかと言われれば、自信を持って言える。


絶対無理だ。
私の神経はそこまで図太くない。






部屋の中は、先ほどとあまり変わりはなかったものの、テレビは消えていた。
代わりにベッドの頭元にあるコンポの電源が入っており、小さな音で何かのサウンドトラックが流されていた。
放ったらかしにしていたゲームも消えているところを見ると、先輩がセーブして消したらしい。



「気を紛らわせるにはいいか……ゲームの続きでもやるか? それともDVDでも見るか?」
「えっ!?」


先輩の言葉に私は酷く驚いてしまい、そんな私の様子に先輩も驚いたようだ。


「……何。俺がこのまま追い返すとでも思ってたのか?」

心外だと言わんばかりの顔で言われ、私は目眩がするほど首を横に振った。


「でも……帰らなくても、いいんですか? だって、さっき……」

気まずくなるだろうし、蒸し返したいわけじゃないけど、ハッキリさせておかないとずっとモヤモヤしたまま居られないのだ。
その先を見る勇気がないなら帰れと、そう言われて私はここを逃げ出したのだから……。



その話だと気付いたのか、先輩は「なるほどな」と呟いてゆっくり私の方へと歩いてくる。
そして ────




「痛ぁっ!?」


手刀が脳天に振り下ろされた。けっこう痛い。
頭を押さえ、何するんですかと目で抗議したら、先輩は憮然として鼻を鳴らした。



「俺をそこいらのサカったガキ共と一緒にするなよ。だいたい、この状況で何かしようなんてそこまで外道じゃねぇぞ」


わかったかコラと両の拳でこめかみをグリグリされて、「痛いです痛いです」と悲鳴を上げながら……私は笑っていた。


ただ、嬉しかった。ひたすらに。
さっきの話はうやむやのままではあるけれど、今はそれは忘れていいということで。



「わかったんなら選べ、ゲームかDVDか。外に出られなくもないが……あーメットがひとつしかないから今日は無理だな」
「メット……ヘルメット? 先輩、バイクに乗るんですね」
「たまにな。あれは気分転換には持ってこいだ。ま、今日はゲームかDVDのどっちかだな」


ゲームは楽しかったし、先も気にはなるけど……さっき強引に金縛りを抜けた反動なのか身体がひどく重くて怠い今は、頑張って進める気になれず。
DVDでお願いします、と答えると棚を指さして「好きなの選んでてくれ」と言って先輩はキッチンに消えた。





棚の中段あたりには、アクションやホラー、ファンタジー、コメディなど色々なジャンルが40本ほど並べられていた。
中でも割とメジャーなタイトルを選んでパッケージを棚から取り出す。

「デッキはゲームの上な、あとコンポの電源切っといてくれ」

キッチンから言われ、はーいと返事をしてコンポの電源を落とし、ディスクをプレーヤーにセットした。


「今、湯を沸かし直してるから。ココアかカフェオレどっちにする?」
「あ、じゃあココアを……」
「了解。……少し落とすぞ」


一旦部屋に戻った先輩は、何かのリモコンを手に取り天井へ向ける。
ピ、ピ、ピと何度か電子音が鳴り、部屋が少しずつ暗くなっていく……そういえば部屋はリモコン式のシーリングライトだった。



「お、沸いた。ココアだったな」
「はい」



座ってろよと再度キッチンに向かう先輩を見て、私はベッドの傍に腰を下ろし、背を預ける。
DVDは長いコマーシャルが終わり、ようやく本編が始まったところだった。










物語も半分ほど進んだだろうか。
日付もそろそろ変わろうかといった時間。
私はウトウトと舟を漕いでいた。



展開の遅い映画を選んでしまった事を後悔する。
昨夜はいつも寝る時間を大幅に過ぎて打ち合わせをしていたし……家が寺なので朝はとても早く、そして夜も早い。
そんな生活に慣れている私にとっては0時というのは相当な夜更かしなのだ。



何とか目を開けていようと思うのだけど……
意識が勝手にどこかへ行ってしまう。



かくん、かくんとやっていると先輩が呆れたように笑った。


「無理しねーで寝られるなら寝ちまえ。ベッド使っていいから」
「嫌でひゅ……ふわわわ」

口を開くと欠伸が出てしまう。




だって先輩はきっと、私が眠ったら起こさないようにベッドに寝かせて、自分はラグマットの上で眠るもの。
部屋の主を床で寝させて私がベッドを使うなんて出来ない。
その気持ちだけで私は眠りの淵から戻っているんだ。

……そろそろ戻れなくなりそうだけど。





先輩は私がそう考えてること、お見通しなんだろうな。
だってずっと笑ってる。



「やれやれ、強情だな。俺は座ってんのも疲れたし、ベッドで観るかな」
「えっ」


苦笑いした先輩は立ち上がり、テレビとDVDプレーヤー、シーリングライトのリモコンをコンポの上に並べて置いてベッドに乗り上げた。
さっさと掛布団に足を突っ込んで、枕を脇の下に挟むようにして片肘をつき、ふうと息を吐く。



横臥の姿勢ですっかり落ち着いた彼は私と目が合うと、ニッと笑って。



「……どうぞ?」


ふわりと掛布団を捲った。


「何もしないって約束は守るから安心しろよ」



ずるいよ、先輩ってば……こんな時にそんな素敵な微笑みを見せるなんて。


「お……お邪魔しま……す……」


抗えるわけなんて、なかった。