「さっそくそれかぶってツーリングと行きたいところだが……どっか行きたいとこあんのか?」
寮のエレベーターホールで立ち止まって先輩が振り返るが、いきなり行きたい所と言われても急には思いつかなくて。
私はふるふると首を振る。
「どーすっかな…………お?」
チン、と音がしてエレベーターの扉が開く。
先輩は見るともなしにそちらへ視線をやったが、降りてきた人物を見て少し目を見開いた。
担任の桐生先生だった。
先生は私たちに気付くと少し考えたあと、おはようとだけ言って立ち去ろうとする。
「待てって桐生。ちょっと相談したい事があんだよ」
背を向けた先生に先輩が声をかけると、先生は立ち止まり、くるりと向きを変えて私たちの前へ戻ってきた。
「……何だ」
相変わらず淡白というか、それすら通り越してロボットみたいな先生だなと思う。
先輩は慣れているのか、何ともない様子で、これからツーリングに行くんだが初心者が後ろに乗るので何処かいい場所はないかと尋ねていた。
この先生、見た目はキッチリし過ぎてるわけでもなくてそれなりにカジュアルな感じなんだけどな。
シャツのボタンも上までしっかり留めてるわけじゃなく、ふたつ目くらいまで開いてるし、まぁ年齢はおそらく二十代半ばくらいだから普段着だとそうなるのかもしれないけど。
ストレートのジーンズに、派手すぎない柄シャツ、短髪は逆立てたりしてなくて、爽やかなイメージの無造作ヘアー? だし
女の子には人気がありそうな気がする。
ただ、余りにも喋らないか喋っても事務的過ぎて取っ付きにくいけど。
顎に手を添え少し考え込んだ先生は、ふと視線を私に向けて、ふむと頷いた。
「桐光山の展望台あたりはどうだ」
「お、そっかその手があったな。助かった、悪いなせっかくの休みに引き止めて」
「構わん。ふたりとも、気をつけて行け」
にこりともしないでそう言うとまた背を向け、建物から出ていく先生。
うん?
「あれ……なんでここに先生がいるんですか?」
学生寮だよね……ここ
「何でってそりゃ、住んでるからだろ」
「先生も住んでるんですかここ!?」
「言ってなかったか? 教師どころか事務員も住んでるぜ」
なるほど、それでこの設備なのね……
社会人も住むなら水準が高めなのは納得ではある。
「まぁ自主的に見回りしてる教師もいるみたいだし、生徒の監視も出来て一石二鳥ってとこなんだろ。よし、そんじゃ桐光山までひとっ走りするか」
桐光山。
あまり出歩かない私でも名前くらいは知っている、人気の絶景スポットだ。
夜景を見に訪れるカップルは多いし、昼は昼でこの町を一望できるとあってカメラを持ってやってくる人も多い。
小さいながらも子供を遊ばせる遊園地もあり、家族連れもよく訪れるらしい。
ここからなら、恐らく40分程度で麓へ、展望台まで行くにしても1時間もかからないだろう。
なるほど、確かにちょうどいい場所だった。
「天気もいいし、今日は遠くまで見えるかもな」
先輩はうきうきとした様子。
……デートかな。
いや、お付き合いしてない場合はデートって言わないのかな。
わかんないけど……先輩と2人でお出かけかぁ。
昨夜の、かけひきの答えは完全に保留になっちゃってるけど、いいのかな。
まあ、答えを出せるのかと言われると出せないんだけど……
「どーした、山じゃなくて海の方がいいか?」
「えっいや、そんな事ないですよ。この町に住んでるのに、そう言えば行ったことなかったなーって思って」
「初めてか。まぁ休日は混み合うだろうが、いい場所だぜ」
「楽しみです。おばーちゃんはドライブが趣味なんですけど、そのう……」
一度だけ、一緒に連れていってもらったことがあるのだが。
「……なんて言うんですかね、ロックンロール? なのかな……結構激しい曲をガンガンかけて、凄いスピードで走るもので……、一度きり、家の近くをドライブしたきり一緒には行ってないんですよね。多分、桐光山とかも行ってたんだろうな」
「アグレッシブなばーさんだな……」
「年齢のわりに、趣味が若いような気はしますね」
パジャマもスケスケのネグリジェだし。
それじゃ行くか、と先輩が歩きだそうとした時だった。
ふわ~っと、薫ってきたのは……
「ハンバーグ……」
「エビフライ……」
食堂棟からただよう、抗い難い誘惑の香り。
腕時計に目をやれば、もうじきお昼の12時になろうかというところ。
「飯……食ってから行くか」
「はい……」
かくして、私のヘルメットを先輩のバイクに収納し、いそいそと食堂棟に向かうこととなった。
そろそろ昼時ということもあり、人はそこそこ居たのだが、席はまだ空いていて私たちは向かい合って座った。
私がエビフライ定食、先輩はハンバーグランチ。
見事に釣られたわけである。
今日も周りの視線はこちらに集中しているようだが、私は全然気にならなくなっていた。
よくよく見れば先輩が時々、目で「何見てんだよ」とこちらを凝視する生徒に睨みを効かせている。
そっか。
昨日も、こうやって視線を時々遮ってくれていたんだ。
「私、もう気にならないから大丈夫ですよ先輩」
「ならいいけど……まぁ、気分のいいもんでもないからな」
ほんと、優しいんだから先輩は。