(仮)24

食堂での昼食のあと、食後の珈琲まで堪能していたら思いのほか時間は早く過ぎ。

出発したのは、14時だった。


近場なのでそれでも十分に余裕はあるが、帰りは外食しないと食堂の夕飯に間に合わせるには少々スケジュールがタイトすぎる。





「展望台の近くに宿泊施設があって、1階はレストランや土産物の店が入ってるんだ。レストランの飯は結構評判もいいし、夕飯はそこでいいだろ」


信号待ちで止まった時、先輩がそう言ったのだが

手持ち、大丈夫かな……



「安心しろよ、後輩に金払わせるつもりはねぇから」
「はいー!!」



何しろ、実家も近いし、あまり使う予定もなかったので本当に少ししか持ってきていないのだ。
さっきも、食べさせてもらってばかりなのが申し訳なくて、少しだけでも……と言ってみたものの、「気にすんじゃねぇ」と一蹴された。


信号が青に変わり、そのあとは運良く赤信号に引っかかることも無く、予定より早く途中の休憩場所に辿り着けた。

登るにつれ小さくなる街並み、山の綺麗な空気、そんなものを味わいながらだったので、えっもう? という感じだったが。


ここから目的地の展望台までは10分もかからないらしい。





遊園地や土産物店、屋台などが出ているそこは、同じようにツーリングやドライブに来た人や子供連れで賑わっている。

缶ジュースで喉の乾きを潤しながら、ベンチに腰掛けてふうと息をついた。


「そこそこ人はいるだろうと思ったが、多いな」
「行楽日和ってやつですもんね」
「まあな。大丈夫か、結構休み無しで走ったけど、疲れてないか?」


初めてバイクに乗せてもらったが、自転車の二人乗りなんて比較にならないほどのスピード感、風を切って走る爽快感。

それに、先輩に抱きついているという幸福感。
おしゃべりはあまり出来ないけど、これはこれで癖になりそう。



「全然平気です。風がすっごく気持ち良かったです!」
「お、わかるか。あの風を切って走る感覚はバイクならではなんだよな。怖かったとか言われなくてホッとしたぜ」


そう語る先輩は少し嬉しそうで。

すごく気を使って運転してくれてたのがわかるし、最初に力入れるなよ、俺に合わせてゆったり乗ってろと言われていたので怖くもなかったから、私は満面の笑みで頷きを返す。



ちなみに先輩の乗っているバイクは、ネイキッドとかいうタイプのものらしい。

私が知ってるのはすごく前傾姿勢になるスーパースポーツというタイプのものか、クルーザーとかいう真っ直ぐか仰け反るような姿勢で乗るタイプのものだけだったのだけど……あとは郵便屋さんとかが乗ってるような、スーパーカブ

先輩のバイクはクルーザーよりはやや前傾するけれど、スーパースポーツのように完全に上体が前に倒れることはなく、私が腰に腕を回してつかまるにはとても楽だった。

こいつはバンディットって言うんだ、と後で先輩から聞いた。







「さて、あと少しだ。展望台まで行っちまうか」
「はい!」

飲み終えたジュースの空き缶をゴミ箱へ投げ入れ、私たちはいそいそと出発した。





……たどり着いた展望台は更に人で溢れており、先輩は一転、苦い顔をしたけれど。


「こりゃ予想以上だな……」

私も苦笑いを浮かべることしかできない。

「どうする」

帰るか、と聞かれて、首を振った。

「せっかく来たんだし……すぐ帰っちゃうのはもったいないです……」


ふたりきりの遠出。

デートなのかは、はっきりしないけど。
先輩と遊びに来ているという事実は、変わらないんだし。


すると先輩はそうだなと頷いて、手を差し出した。
私がキョトンとしていると、そっと手を取って。


「この人混みで迷子になられちゃ、探すのに骨が折れそうだからな」
「う……」


迷子になんてなりませんよと反論したかったけど、正直なところ迷子になりかねないと自分でも少し思っていたので返す言葉もなく、私は先輩の手をそっと握り返した。

これって、実際はどうだろうと、傍から見れば立派に「デート」に見えるんじゃないかなと少し照れくさくもあるが。





「どこに行くんですか?」
「そうだな。あっちに遊歩道があるらしいから、行ってみるか。ここよりは人が少ないかもしれねぇしな」


とにかく、この人混みから一刻も早く抜け出したい、と先輩は困ったように笑った。



歩きだせば、誰かとすれ違う度に肩や肘がぶつかり、スイマセンや会釈の繰り返し。

そして、遊歩道は更に人でごった返していて。




「なるほど、展望台へ向かう遊歩道、ね……」

先輩は、そりゃ人が少なくなるはずないよなぁとガックリ肩を落として。
あまりの人の多さに、フォローする言葉も思いつかない。
いよいよ困ったと先輩は元きた道を引き返すが、その途中で立ち止まり、考え込み



珍しく、私が先輩を待つこととなった。



今まではこうして自分が考え込み、先輩を待たせていたのだと思うと申し訳ない反面……確かに面白いとも思ってしまう。



まあ、それでも邪魔にならないようにちゃんと道の端へ寄ってから考え事をしている先輩と、ところ構わず固まっちゃう自分との出来の違いには少々凹まないでもないけど。




「こりゃやっぱり、避難するのが一番だな」

結論が出たらしく、私の手を引いて再び歩き出す先輩の足取りは軽い。
軽いけど……ちゃんと歩調は私に合わせてくれてるあたりが、先輩らしい。