(仮)15

もう22時前なんだ……。
私は思わず目を逸らす。



明日は土曜日 ──── 休日だけど、だからと言ってこのままここに居ていい理由にはならないわけで。




いくら子犬のような扱いを受けてるとは言え、ひとつ間違えば男と女……何が起こっても不思議ではない。
気まぐれに、据え膳ならイタダキマスとならないとも言いきれないし。
いや、先輩だったら頂かれちゃっても…………いやいや、今日知り合ったばかりでそんなコトを許したら軽い子だと思われちゃうし!
いくら一目惚れしたって言ったって告白もしてないんだから先輩がそんなこと知るわけないんだし……ただの軽薄な女だと思われるのがオチよ、琴馬!
あぁでも……先輩に迫られたらハイって言っちゃいそうだなぁ……好きだって気付いてようやく理解したけど、あの声って私にとっては凶器なのよね。
すごく心地が良くて、ゾクッと来るというか、腰が砕けちゃうっていうか。
多分、最初に聞いた瞬間にはもう「陥落」しちゃってたんだろうなぁ…………






「……ひととおり済んだか?」
「うひょい!?」

ものすごーく近くで、顔を覗き込まれていた。


「今回は長かったなぁ、一体どこまで旅してたんだ?」



またやっちゃった……!
考えに没頭するあまりフリーズしてたみたい。
さすがに今考えてたことを白状する訳にはいかなかったので、誤魔化すことにして笑った。



「いやーあはは、どうして先輩はこんなに色々と気遣って下さるのかなーとか……」
「そんな事で悩むんなら、ここに本人がいるんだから聞きゃいいのに。お前ってホント変わってるっつうか面白いよな」
「はぁ、それもそうですね……聞いてもいいんですか?」
「いいけど……俺からもひとつ聞きたい事がある」
「あ、はい。何でしょう」
「今日、最初に会った時だけど。お前、間違いなく俺に怯えてたよな。で、俺の勘違いでなければ今はそれなりに懐いてるよな。……どうしてだ?」



……当然の疑問だよね。

最初は逃げようとしてとっ捕まったわけだし。
それが、帰るなと引き止めたりニコニコしてるわけだから。




「……あ、言っとくが別に懐かれて迷惑だとかそんな事は思ってねぇからな。人と関わるのはあんま好きじゃねぇが、まぁお前は……一緒にいてしんどいとか思わねぇし」


は、はい、と返事をしつつ、一応可愛がられてるのかな、と思う。
小動物的な可愛がられ方だと思うと若干寂しいけど。



こほん、と咳払いをひとつ。


「いつってハッキリはしないですけど……校内を案内して貰ってるうちに先輩って本当は優しいんじゃないかなって思うようになって……そう思って見たら、怖い人に見えてたのが嘘みたいにすてゴホンゴホン!!」


……危ない。
素敵とか普通に言いかけた。
オレンジジュースを飲んで誤魔化そう。


「大丈夫か?」
「ちょっとむせちゃって……あ、えーと怖い人に見えてたのが嘘みたいに優しい人にしか見えなくなっちゃったんですよね。先輩といると何だかすごく安心するし、お話してるととっても楽しくて、幸せな気持ちになれるって言うか」




尚も言い募ろうとしたところで、目の前に先輩の手がヒラリと差し出された。


「わかった。もういい。もういいからそこまでにしろ」


隣を見れば、顔の下半分くらいを片手で覆って、少し怒ったような、困ったような表情の先輩。
よく見れば耳がほんのりと紅く染まっているような ──── せ、先輩、照れてる!?



「……あんま見んじゃねぇ」



こん、と軽いゲンコツが降ってくる。
全然痛くないそれは、髪に触れた瞬間に開かれ、そのままゆっくりと私の髪を撫でた。




「ったく……全力で懐きやがって。最初にぶつかった時は初めて見る顔だし、ちょっとからかってやるだけのつもりだったんだ。けどお前……前に逃げようとしたろ」
「前?」
「そ。後ろに走って反対のドアから逃げることも出来たのに、お前はあえて俺の脇を通り抜けようとしただろ。あの瞬間、面白そうな奴だと思った」


そうか、後ろのドアね……


「それ……気付いてなかっただけですよ……」
「ははは、別に理由なんて今更どうでもいいんだよ。ありゃあくまでキッカケでしかないしな。ま、それでもう少し構ってみたくなって案内を口実に連れ回してみたわけだが」


言って先輩は短く唸る。


「……悪い、俺にもよくわからんが、とにかくお前を見てんのが面白くてしょうがなくなった。何かと危なっかしくて放っとけないし、お前の世話を焼くのは楽しい。お前が笑ったとこを見るのが楽しいし、泣いてたら何とかして泣き止ませてやらねぇとって思うし、笑ってる顔や泣き顔以外も見てみたい。お前は見てて飽きないし、お……」
「も!!! もう結構ですすいませんでしたぁぁあ!!!」

私はバタバタと両手を先輩の前で振って必死に制止する。
途中から声色が何だかいたずらっぽく聞こえてきた気がしてたけど……



先輩は一旦、言葉を切って私を見るもニヤニヤしながら更に何か言おうと口を開くので、ついに私は先輩の腕をばしばし叩いた。


「ひどい先輩わざとやってる!」


すると先輩は屋上の時のように、楽しげに声を出して笑った。


「手放しで絶賛される気持ちが少しはわかったか」


わしゃわしゃと髪をかき混ぜられ、もーっ!と怒っては見せるものの。



私のHQさん ──── 脳はいっぱいいっぱい、です。