Someone is walking over my grave 2

 並んで葵の部屋に向かって歩くうちに、先程の恐怖は嘘のように消えてなくなった。
やはり墓場というものは昔から怪談や肝試しなど、良い思い出が無いせいで尚更不気味に感じるのだろうか。



先ほどから葵は他愛のない話を、会話が途切れないように気をつかってか延々としているのだ。

英語教師のだれそれは実は大の犬嫌いだとか、現代社会のオヤジはカツラじゃないかとか、文化祭では校内で大人気の軽音部がライブをするんだとか、本当に他愛のない話ではあったけれど。



千歳が大人しいので、彼はいつも以上に饒舌だった。


やがて葵の住むマンションの入口へ着こうかという時、そこに人影を見つけて葵は声を上げた。


そう。マンションの入口前で、友人達は二人を待っていたのだ。



「秀! わぴこ! どうしたんだよお前ら」

葵が驚きつつも声をかける。
すると秀一はやれやれ、とため息をついて。
「もう帰ってるだろうと思って電話したら葵まで音信不通だからさ。わぴこに連絡して様子を見に来たところだよ。あと5分待って帰らなければ探しに行くつもりだったんだ」

秀一の代弁に、わぴこもうんうんと頷く。
葵はバツが悪いのか頭をかいて
「千歳を見つけるのに手間取っちまったんだよ。入れ違いになったのかと思いはじめたとこで、ようやく見つけたんだ」
そのふてくされたような声に、秀一とわぴこは顔を見合わせて笑った。



「まぁでも、ちょうど良かったぜ。お前らに電話しようと思ってたんだ」

葵はニカッと笑い、秀一の肩に両手をぽんと乗せる。
秀一は嫌な予感をひしひしと感じつつも、ぎこちなく笑った。

そして、次の瞬間彼は項垂れる。







「……うん、そう。だから、朝早めに帰って着替えて学校に行くよ。うん、大丈夫。じゃあ」

葵の部屋。
受話器を置き、秀一は苦笑いした。
「両親の承諾は得たよ、葵くんによろしくってさ」


突然のお泊まり会の誘い。
わぴこは二つ返事で乗ったが、秀一は難しい顔をしたのだった。
何とか、葵に勉強を教えるという名目で勝利を掴んだようだ。

「突発はさすがにいい顔をしないからね、とくに母さんが」
「悪いなー。ま、文句なら千歳に行ってくれよ」
葵は悪びれた風でもなく、サラリと言った。
千歳は痛いところを突かれたのか、唸って目を泳がせる。

「まあ、たまには楽しくていいよ。こういうのも」
「パジャマパーティーだねっ!」

すでに葵に借りたパジャマに着替えたわぴこが笑う。
彼女の無邪気な笑顔に勝てる秀一ではない。
彼はようやく、にこりと笑ってそうだねと相槌を返した。



その後、全員がパジャマに着替えると布団の上で雑談が始まる。




 布団が二組しかないので、千歳とわぴこ、葵と秀一が一つの布団で寝ることになるようだ。


「ねえ、もうじき夏休みじゃない。みんなで海にでも行きましょうよ」
千歳が言えば、葵が身を乗り出して
「山だ山! 海は反対!」
と大きく両手でバツを作り。
「泳げるようになろうよ、葵ちゃん」
わぴこが楽しそうに笑った。



まだ先の夏休みをどう過ごすか、彼らはうきうきしながら話して、話して、話して…………時計の針はもう午前零時を過ぎている。

ふと会話が止んだ室内に

サー……と、ノイズのような音が満ちた。

「あれ、雨降ってる?」
わぴこが布団を抜け出し、カーテンを開く。

外は闇。
目を凝らして見てもわからなくて、わぴこは少し窓を開けた。
冷たい風が室内を吹き抜け、三人は布団に潜り込む。


「あー、降ってる。明日は止むかなあ」
窓を閉め、布団へ戻るわぴこの顔は不安そうで、葵は苦笑した。
この時間では天気予報もない。

「まー梅雨なんだし、しゃーねーだろ。多分通り雨だと思うけど傘ならあるから、明日も降ってたら貸してやるよ」
「んー」



わぴこは唇を尖らせ、不満げな顔はしたが頷いた。

「ふわ~……」
葵が大欠伸をし、仰向けに寝転がる。
その声はあまりに眠そうで。
秀一も、もう一度時計を確認し、同じように寝転んだ。


「そろそろ寝ようか。明日は休みじゃないんだしね」
「だな~。ちっと眠いし」
「そうね。もう休みましょ」
「じゃ、電気消すよ~ん」


唯一、まだ布団に入っていなかったわぴこが部屋の明かりを消し、千歳の隣に潜り込む。

「ちーちゃん、おやすみ」
静かな声でわぴこが言う。
「わぴこが側にいるから、安心してていいよ」
「こらわぴこ、そりゃどういう意味だよっ」
暗闇の中、葵が抗議の声を上げたが三人に一笑にふされてしまった。

「ありがとう……わぴこ」
千歳の声が響き、部屋は静寂を取り戻す。


――― 雨の音だけが辺りを包んでいた ――― 。