Someone is walking over my grave 3

 翌朝。

葵たちが目を覚ますと、何故か千歳の姿がない。
小さなメモに丁寧な字でひとこと「ありがとう」とだけ記し、早朝に出ていったようだった。
パジャマは綺麗に折り畳まれている。



「何だよ千歳の奴。こんな時間から学校行ったのかぁ?」
朝食のトーストを焼きながら葵が仏頂面で言うと、わぴこが窓を開け、空を見上げた。
「雨、止んでるね」
「理事長室には千歳さんのクローゼットがあるからね。着替えに行ったのかな」

てきぱきと布団を片付けて秀一はよいしょと立ち上がる。
「それじゃ、葵。僕も家に帰るよ。朝食は家で食べて行きなさいって言われてるしね」
「わぴこも帰るねー。また学校で!」
「おう、んじゃまた後でな~」


焼けたトーストにピーナツクリームを塗りつつ、葵は声だけで二人を送り出し、テレビをつけた。
今日も平和な田舎のニュースは、のんきな声で騒ぐ子供たちの姿を映していたりして。

ローカルニュースを横目で見ながら、葵も出発の準備を始めた。












「おーっす」
葵はいつも通りの挨拶をしながら教室に入る。
今日は珍しく一限目が自習だと言うので、それならセールのチラシを見て予定でも立てようかと思いながら教室へ入った葵は、けたたましい声に思わず倒れそうになった。

「葵ーっ!! あんたねえっ! 何も言わずに帰ることないでしょ、そこまで薄情者だとは思わなかったわよ!! 最低っ!!」


物凄い剣幕で千歳がずかずかと歩み寄って来たのだ。
その後ろをわぴこと秀一が慌てて追いかけてくる。

「はぁ? 何も言わずに帰ったのはお前の方じゃねーかよ!」

葵は千歳の言葉の意味を計りかねて困惑したままそう答え。
そこへ、秀一が割って入る。


「待って下さい、千歳さん! ……葵、妙なことになってるんだ。ちょっとこっちへ来てくれないか」

神妙な表情の秀一について、三人はぞろぞろと教室の隅へと移動した。


昨夜の雨で洗い流された、済みきった空気がふわりとカーテンを揺らす。
からりと晴れた今日は、風がとても気持ちいい。

窓際に立ち、風を感じて少し落ち着いたのか葵は声のトーンを落とし

「で、何がどう妙なんだ?」

秀一に問いかけた。

こくりと頷いた彼は、ぐるりと三人の顔を見渡してゆっくりと口を開く。

「昨日、確かに葵は千歳さんを迎えに墓地へ行ったよね?」
「当たり前だろ」
「うん。ただそこから先がね……千歳さんの話と食い違うんだよ……千歳さんは、葵が一緒に鍵を探してくれると言うから、夜遅くまで墓地にいたって言うんだ」
「……何だって?」



思わず千歳を見つめた葵、はその顔を見て千歳が嘘をついていないと確信した。

当たり前のことを言っている、そんな顔をしていたから。


「さて、ここからが話の続きです」
秀一が千歳に向かって言う。
どうやらこの話をしている最中に葵が登校してきたので中断されていたらしい。
秀一は言いにくそうにコホンと咳払いをし、唾を飲んで意を決したように言った。

「僕らは昨夜、葵と一緒に帰って来た『千歳さん』と葵の家でお泊まり会をしてるんですよ」



千歳はキョトン、としていた。
当然と言えば当然なのだが、秀一の言ったことが信じられずに。

「何言ってるの北田くん。もしかして三人で私を担ごうとしてる?」

ムッとしたように千歳が言うが、秀一は真面目な顔で首を振る。

「本当になんですよ。こんなタチの悪い冗談はいくら葵でもやりません」


「だって……」千歳が怯えたように口を開いた。「だって、葵が一緒に探してくれると言うから……鍵を探してたら、いつの間にか葵はいなくなってて……わぴこの所に泊めて貰おうと思って電話したら出かけたって言うし……仕方なく私は由梨香のところに泊めて貰ったのよ……?」



し、ん。

四人は沈黙する。
大きな矛盾。

確かに昨夜、秀一たちと千歳は一緒にいたのに。
千歳は違うと言う。





重い沈黙を破ったのは葵だった。

「誰かが俺の墓の上を歩いてる……ってな」

皮肉な口調の葵もやや青ざめてはいたが、不吉な言葉に千歳は一気に真っ青になる。

「な……何なの、それ……」

「Someone is walking over my grave ……直訳すると誰かが私の墓の上を歩いている、……英語の諺で、わけもなくぞっとする時に使う表現ですよ」


秀一の説明を聞いても千歳の表情は戻らない。
余りに今の心境にぴたりと当てはまり過ぎて、笑えもしなかった。



その時、今まで難しい顔をしたまま考え込んでいたわぴこが口を開いた。

「あのね、わぴこはちーちゃんの言ってることが正しいと思うんだ」