流れ星の雫 1(葵×千歳)

「あのさ千歳、一生のお願いってやつがあるんだけどよー」



そう切り出されたのは、西陽の射し込む放課後の生徒会室だった。









何の因果か、お母様が日本に戻って来て建てた新田舎ノ高等学校。

もちろん、私たちは全力で止めようとしたんだけど……スイスで何があったのか、帰ってきたお母様は真人間になっていて。

真人間というのは酷い言い種かもしれないけど、ほんとにまるで別人のような変貌を遂げていたのだから仕方ない。


お母様と、私たち生徒会のメンバーとで何度も話し合いをした結果、無事に新田舎ノ高等学校が設立されたわけ。


ちなみに、私が成人したら新田舎ノ中学校は、新田舎ノ高等学校の中等部になり、私が理事長職に就くことになるらしい。

今はまだ、私は新田舎ノ中学校の理事長で。
お母様は新田舎ノ高等学校の理事長、なのよね。


で、私はここでも生徒会長をしてる。
言わずもがな、生徒会メンバーは……。





「あらそう。それは大変だわね」


私は会議に使った書類を片付けながら、いつものようにサラリと流す。

葵の『一生のお願い』はこれで何度目だろうか。

セールに行かせてくれだの、頼むから居眠りしてても起こさないでくれだの、焼きそばパン奢ってくれだの、およそ一生を掛けるのに値しないお願いばかり。




しかし。



「今日のはほんっとに真剣な話なんだよ」

珍しく、意思を伝えたいのかサングラスを外してまで私をじっと見つめてくる葵。

葵って……無意識にこういうことするのよね。
私が葵に片想いしてるなんて、知らないから。


……いけない、見惚れてる場合じゃなかったわ。


「よくわからないけど、事情がありそうね」
「ああ」



北田くんやわぴこに声をかけない所を見ると、私でなければまずいらしい。


「それじゃ、僕らはお先に失礼しますね」
北田くんが自分の鞄を手に立ち上がると、わぴこも北田くんの隣に並んで微笑んだ。

「また明日ね、ちーちゃん、葵ちゃん! 秀ちゃん、行こ!」

「では、また明日」

仲良く腕を組んで生徒会室を出ていく二人を見つめて、私と葵は同時に溜め息をつく。



「なんであの二人が付き合ってるのかしらねぇ」
「全くだな。ダークホースもいいとこだったぜ」




生徒会室に残された私達はしばし沈黙する。
葵は言いづらいのか話を切り出さないし、私もせっつく気にはならなかったし。


「……サ店でも行くか」

ガタン、と椅子を引いて葵が立ち上がり、鞄を肩に担いだ。
その表情は相変わらず固い。


「わかったわ」

何をお願いされるのかわからないけど……とりあえず覚悟は決めておいた方が良さそうね。



















「一応聞いておくけど、また弓道部の助っ人に来いなんて言わないわよね?」


以前、女子部員のいない弓道部に誘われたことがある。
葵は弓道部のエースで、女子部員獲得の為に片っ端からナンパして来いと言われたのだが、それが嫌で私に声をかけたらしい。


「結構楽しかったろ?」

悪びれることもなく言う葵。
確かに、本気でやりたいと思ったのよね……

「的を張るのも楽しかったわ。でもやっぱりあの雰囲気が好きね」
「ああ、まあ弓道は精神も鍛えなきゃならないからなぁ。でもお前は礼儀作法もキッチリしてたし、部長が本気で入部してくれないかなーとか言ってたぜ」
「え、ほんと? やだ、ちょっと嬉しいかも」


思いがけず会話は弾むが……
葵のお願いはこれではなさそう。


「……ま、うだうだ考えててもしゃーねーか」


一呼吸おいて葵が居住まいを正す。

さあ、一体どんなお願いが飛び出してくるのかしらね……

私は少し緊張した心を解そうと紅茶に手を伸ばし、



口をつけた瞬間だった。




「千歳、俺の子を産んでくれ!」





っぶぅぅぅぅぅッ!!!



私の吹いた紅茶は見事に葵の顔面に向かって飛んで行ったみたいだけど、葵はまんじりともせず、紅茶のしたたる顔で私を見つめている。





今なんておっしゃったのかしら、葵さん?


なんて、聞かなくてもいいくらいハッキリ言ってくれたわね。


「………………何があったのか、話してくれるわよね」


これは葵のショックアプローチだ。
私を話の途中で退席させない為に、理由より先に結論から言ったのだろう。

そして、そうせざるを得ない理由が、葵にはあるのだ。