秘密の放課後 1

新田舎ノ中学校においては、放課後の大規模な鬼ごっこというのはさほど珍しい光景ではない。



というのも、田舎ノ中学校が新田舎ノ中学校になった年の二年生……現在の三年生がほぼ日課のようにやっていたせいで
彼らが三年生になった今、下級生の中には同じように楽しむ者も多くなったからである。


この間まで小学生だったのだから、違和感や羞恥心などあるはずもなく。


理事長兼生徒会長の千歳の奮闘により、ここを名門校だと勘違いして入学してきた現在の二年生のうち
少数だけが微かに抵抗を示していたものの、それすらも今はない。




千歳も頑なに抵抗してはいたが、何だかんだで葵やわぴこに乗せられて
気付けば率先して追いかけているのだから、下級生に示しがつくわけもない。




とは言え、彼らも受験生である。
分別のある者は程々にリフレッシュしたら帰宅し
遅くまで残っているのは大体が一、二年生だった。



昨年から建てられ始めた新しい建物……ほぼ完成したそれは
生徒にも一部が開放されており、自習室にいる者も少なくはなかったが。




新田舎ノ中学校付属高等学校。




あの葵にして「いい仕事したじゃん」と言わしめた
「ろくなことをしやがらない千歳の母」が心血を注いで造り上げた
最新のセキュリティが導入された校舎である。



申請を出した生徒だけが、IDカードの貸し出しを受けられ
それを教室のドア横のスロットに通すことで
一時的にロックが解除されるという仕組みになっていた。


来年、開校時には正式にカードが発行されることになっている。




防音もしっかりしており、鬼ごっこ中の生徒が
廊下を走り回っても自習室の静寂が破られることはなかった。
図書室も隣接しており、自習室からならばIDなしで入れる。



ちなみにエスカレーター式の中高一貫になったとは言え、卒業試験に合格出来なければ高等部には入れない。
進学校の夢は親子共々諦めてはいないようだった。







そして今日も、鬼ごっこを兼ねたかくれんぼが行われているのだが。


「葵ちゃんとちーちゃんが見っからないねぇ」



校庭には、わぴこと秀一が見つけて捕まえた同級生が揃っていた。

人数が多いので、ペアを組んで鬼組と隠れる組で遊んでいたのだが。




「葵がペアに生徒会長を選んだ理由がようやくわかったよ。新校舎の建設に深く関わってた彼女なら隠れる場所も沢山知ってるだろうしね」

「タイムアップだね。6時前だし、もう見つけられないや」

「そうだね。まあ時間になったら帰る約束だし、生徒会長たちも帰るだろう。僕らも今日はここまでにしておこうか」




優勝は葵ちゃんとちーちゃんペア~などと同級生たちが校庭で盛り上がっていた頃。


まんまと鬼たちを出し抜いた彼らはというと
かつてない窮地に追い込まれていたのだが
それに気付く者は、無情にも居ないままだった……。








かくれんぼ終了から遡ること数十分。

仏頂面の千歳を引きずるようにして、葵は新校舎の廊下を走っていた。

「おーいちゃんと走れよ千歳。見つかっちまうだろ!」

「私は参加するなんて言った覚えはないわよ! さっさと見つかっちゃいなさいな、そうしたら私も帰れるんだから」

「だーもう! 強引に参加させたのは謝るっつってんだろ?」

「……優勝商品が目当てなんでしょう? だったらわぴこと組んだら良かったのよ」


参加者全員が少額を参加費として払い、そのお金で田舎ノ商店街で使える商品券を買ったらしい。
千歳も数百円払わされた。

葵はそれが欲しいのだ。


「わぴこは……秀ボーの射るような視線がなきゃ誘ってたかもしんねーけど」

「……ああ」

何やら剣呑な空気を醸し出しながら秀一が葵を見詰めていたのを思いだし
千歳は納得したように呟いた。

君たちが組んだら優勝間違いなしのワンサイドゲームになっちゃうだろ?

そう言われたのだが果たしてそれは彼の本心だったかどうか。


「だからって私じゃなくても」

「そう言うなって。商品券貰ったら美味い紅茶奢ってやるからさ」


「最高級じゃなきゃ嫌よ」

「わかってるわかってる」


スコーンもつけてねと言った千歳はようやく少し機嫌を直したのか
なおも当てなく走る葵を引き止めた。


「なら勝たなきゃね。こっちよ」

「お?」

「部屋の中に隠れちゃいけないってルールは無かったでしょ」

勝ちは勝ちだわ、おーほほほと高笑いしながら今度は千歳が葵を引っ張って走り出す。

心強いという思いと、でもそれ確実に禁じ手だろと突っ込みたい気持ちのどちらを口にするか

葵は選ぶ余裕もなく、近くの自習室に引きずりこまれたのだった。








自習室には数人の生徒がいた。

しんとした部屋は参考書のページをめくる音と
カリカリとノートを埋めていく鉛筆の音だけに支配されていた。

居づらい雰囲気だぜ、と葵は顔をしかめる。


「こっち」

小さな声で言って、千歳が葵を案内したのは隣の図書室だった。



広い図書室には人の姿はなく
ずらりと並ぶ本棚の間を縫うように先導する千歳は
時々立ち止まっては本棚のカテゴリー表示を確認している。


「北田くんはカードを持ってるからね。念のために見付かりにくいところに居ましょう」

見付かりにくいところ?

疑問を投げかけようとした葵は、突如立ち止まった千歳にぶつかりそうになり、たたらを踏んだ。


「この先の部屋は古書コーナーになってるのよ。まだ未整理でごちゃごちゃだし埃っぽいから、ほとんど人は来ないわ」


ギィと重そうな音を立てて開かれた扉をくぐると
なるほど説明通り、古文書や巻物とおぼしき物がところせましと積み上げられている。


恐らく、文化的価値の高い物も含まれているのだろう。
それらが無造作に積まれている光景は一種異様で
高校の一室と言うよりは大学の研究室、というものを想像させた。

もちろん見たことはないので、本当にそういうものなのかは葵も知らないのだが。


千歳は中でも一番高く積まれている古文書のむこうに
そっと足を進めた。


「この中に入って入り口をそこの本で塞いでしまえば見付かりっこないわ! 私の勝ちは確実ね、ほーほほほ」


「その高笑いで気付かれなきゃ、な」


かくて欲に駈られた二人は、古書に埋もれてタイムアップを待つことになったのだった。