destroyer! (前)

私は、今までにこれほど『逃げたい!』と思ったことはないだろう。
とにかく逃げたいのだ。死ぬほど逃げたい。
今すぐここから、消えてしまいたい。


誰でもいい、私をさらってくれると言う人がいたなら今の私は喜んでついて行ったろう。



しかし、いくら望んでも、そんな人は現れないのだ。




「おーい千歳、あんだけ熱心に呼びかけてんだから答えてやれよ~」


葵が面白くて仕方ないという顔のまま、机に肘をついて私を見ている。


頭に血が昇るのがわかる。
いい加減、昇っている血が更に頭に集中するような。



「……っるさい葵!!!」



何と言い返そうか考えて、それが上手く言葉にならない事に更に腹が立ち、私は低く唸るように怒鳴った。

今ここで教科書や筆箱や椅子や机を手当たり次第に投げてしまいたい。


「千歳さん、落ち着いて下さい。僕が行って何とかお帰り頂けるように説得しますから。葵、お前もやりすぎだよ」

北田くんが困ったような、疲れたような声で言って立ち上がる。

「ですから、先に生徒会室へ行っていて下さい」
「……わかったわ」

本当はお礼を言いたいけど、それすらも出来ない程に私は疲弊していた。
わぴこが私の顔を見て、心配そうに瞳を潤ませるが私は小さく「大丈夫」とだけ言ってのそりと席を立つ。


「生徒会室についたら、窓から離れた所で休んでいて下さい。あなたの姿が見えなければ諦めると思いますから」


北田くんの言葉に、ようやく私も溜飲を下げた。








生徒会室に着き、言われた通りに窓から離れたソファに深く腰を下ろす。

その途端、窓の外からキーンと耳障りな音と共に、大音量で叫ぶ声。



「藤ノ宮千歳さあぁん! 好きなんだっ! 俺とお付き合いしてくれぇぇぇっ!!!」

「……なっ」
ついてきていた葵が思わず窓際へ駆け寄った。
「なんだありゃ、拡声器まで持ってきてやがるのかよ!?」

「千歳さーんっ!! 愛してるんだぁああっ」
「いい加減にして下さい! 近所迷惑になります!」

拡声器からは北田くんの声も聞こえて来る。



もう嫌。

最初、窓の下にいる彼に告白された時は確かに悪い気はしなかった。
けれど、断っても断っても毎日学校へやって来てはところ構わずあの調子なのだ。

さすがに気味が悪くなって、私は毎日逃げて隠れて……




「何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよーっ!」
「さすがにここまで来ると…………おっ?」
苦々しい表情で呟きかけた葵が窓に張り付いた。
「おい、千歳! ちょっと来てみろ、面白いモンが見られそうだぜ」
そう言った葵は手招きをするが、正直行きたくない。

私があの喧しい男の前に姿を見せたら、余計に喧しくなるじゃない。

「嫌よ、見たくもないわ」
「そう言うなって、ホラ!」

嫌がる私を強引に引っ張って、窓の所まで連れて来た葵は満足そうだけど……。

私は仏頂面で渋々、窓から下を見下ろし ―――




「 ――― あ」
「な?」




宙を舞う、鮮やかなピンク色を見た。
軽やかに、美しく、空中に桃色が踊る。




「やるな~わぴこの奴」
葵の隣で言葉を失う私の目には、見事な飛び蹴りを放ち、着地したわぴこの姿が焼き付いていた。

「まぁ、お前があれだけ怯えてんの見て、わぴこが怒らない訳がねぇんだけどな」
葵が苦笑いして、先にソファへと戻った。

眼下ではわぴこの飛び蹴りで伸びてしまった男を北田くんが抱き起こしている。



「……!! 千歳っ」

いきなり。
ソファに座ろうとしていた葵が血相を変えて私のそばに戻って来て、腕を掴んだ。

「な、な、なに!」
「この先は見るな、見なくていい! こっち来て座ってろ!」

強引に、今度はソファに座らされる。


全く、訳がわからない。
葵は何がしたいのか。

見ろと言ったり、見るなと言ったり。


「アレを見たら暫くは夜眠れなくなる」
隣に座ってそう言った葵は、真っ青な顔をしていて。
「なん……なの……」
思わず、声が震えた。
「秀ボーを本気で怒らせるとな……まぁ、何だ。いっそ一思いに殺して欲しいと思うような目にあうんだよ……」

「冗談……よね?」
まさか。北田くんがそんな……
「冗談なら良かったんだけどな」
言葉を失った。


葵の表情は真剣だったから。



「ぎゃ~あ~っ!!」
外から聞こえる悲鳴に身体がすくんだ。



どうしたらいいか、わからない。
ただ座っているしかないのかしら。



……ううん。
これでいい訳がないじゃない。



やっぱり私が出ていって、わかってもらえるまでちゃんとお断りしなきゃ……


「やっぱり、私行くわ!!」

私は叫んで立ち上がり、駆け出した!
葵の制止も振り切って、走り出す!



やっぱり、駄目。
このまま彼を放っておけば、諦めてくれるのかもしれない。
けど、それで私は納得できる?
出来ない!

他人任せのままで決着をつけるなんて、私には出来ないのよ……!!