12月25日、もうクリスマスは終わってしまった。
去年、葵から教わった本当のクリスマス。
クリスマスイブは「クリスマスの夕べ」。
24日の日暮れから25日の日暮れまでが本当のクリスマス。
それを教えてくれた葵と、恋人同士になった1年前。
今年は2人で過ごすつもりだった
けれど。
「千歳ちゃん、そんな顔をしていちゃお客様に失礼よ」
「お母様……」
私は今、きらびやかに飾り付けられたパーティー会場にいる。
社交界でのお付き合いも、これからは大事になってくる。
ちゃんとした顔見せは済んでいなかったから、これを機に色んな人に顔を繋いでおくことも大事……そう言われて、断り切れなかった。
確かに、理事長としてこれからも学校の経営に携わる私は、人脈を築いておかなければならない。
私の大事な新田舎ノ中学校を守るために、努力をしないわけにはいかない。
……仕方なかった、のよね……
お母様主催のクリスマスパーティーには財界で有名な人もちらほら居るようで。
でも私は、壁にもたれて葵のことばかりを考えていた。
パーティのことを話したら、あっさりと「それなら行ったほうがいい」と言った葵。
どうして?
やめとけよ、そんなの。
そうは言わないの?
私がそう言ったら葵は少し笑っただけだった。
いくら聞いてもはぐらかすような答えしかくれない葵。
釈然としないまま、私はパーティーに参加した。
いつも着るものよりもシックで、それでいてクリーミーな光沢を見せる、シルクのドレス。
オフホワイトのそれを着ても、いつものように喜ぶ気にはなれなくて。
「素敵よ千歳ちゃん。花嫁さんみたい」
「……お母様、まさか下らないこと企んでないでしょうね」
「まあっ!」
私がじっとりと睨むとお母様は心外だわといった顔で大袈裟にため息をつき。
「小さい頃はとっても素直ないいコだったのに……どうしてこんなにひねくれちゃったのかしらねぇ……」
「さぁて誰のせいかしらね」
どう考えてもお母様のせいだと思うのだけど。
「そんなことよりお母様、このパーティーはいつ終わるの?」
出来れば、終わってから少しでも葵と会いたい。
彼の誕生日も、一緒に祝いたかった……
「なぁに、まだ始まったばかりよ。ほらほらそんな顔をしないの。知らない人ばかりじゃ緊張すると思ってお友達も呼んであるのよ、ほら来たわ」
「えっ?」
にこにこと楽しそうなお母様の視線の先には……
「あら、馬子にも衣装ね。結構似合うじゃないの」
「千歳さん、今宵の君は一段と美しい……」
「由梨香、浅羽くん……」
ワインレッドの豪華なドレスに身を包んだ由梨香と、白いスーツの浅羽くん。
そして。
「ちーちゃん、きれー!」
「今晩は、千歳さん」
「わぴこ、北田くん?」
可愛らしいピンクのドレスを着たわぴこに、グレーの大人しめのスーツを着たの北田くんまでいる。
「ちーちゃんのお母さんがくれたの、このドレス」
わぴこが嬉しそうに言う。
けれど。
「……葵は?」
そう、そこに葵の姿がなかった。
断られちゃったのか……お母様が呼んでいないのか……
「葵ちゃんだけ別のお部屋に呼ばれて行っちゃったよ」
わぴこの言葉に思わずお母様を振り返ると
「居ない!?」
気づけばお母様の姿はどこにもなく。
一体何を企んでいるのかはわからないけど、お母様が影で動いているのは確かなようで。
「大丈夫だよ、ちーちゃん。無理やりじゃなかったし。葵ちゃんも何か知ってるって感じだったよ?」
「そうなんですよね……先行っといてくれ、なんて言ってましたから」
「……葵が?」
「ちょっと千歳」
「あ、何?」
「何じゃないわよ、わたくしを無視して話を進めないでちょうだい」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「千歳さん、やはり君を放っておくような男はやめて僕にゲフゥッ」
「ちーちゃん行こ! 美味しそうなご飯がいっぱい!」
「わ、わぴこ……浅羽君が下敷きに……」
「いこいこ!」
「そうね、わたくしもお腹がすいたし。行きましょう千歳」
「え、ええ?」
「そうですね、行きましょうか」
「ち、千歳さぁ~ん……むぎゅう」
わぴこに由梨香、最後に笑顔の北田くんにまで踏まれてピクリとも動かなくなった浅羽くんは気になったけど、促されるまま私は食卓へと進んだ……
立食パーティーなのでそれぞれに好きなものを皿に取り、窓際の小さなテーブルで談笑する。
わぴこたちが居てくれるおかげでさっきまでの憂鬱な気分は少しは払拭されたものの……
やっぱり、葵のことが気にかかる。
お母様の企みと、様子のおかしい葵。
考えても仕方ないと思いつつもずっとモヤモヤする心で、食べるともなく食事を進めていた時だった。
突然、照明が落とされ
特設ステージにスポットライトが当たる。
視線を移すとそこにはバイオリンやチェロ、ヴィオラ、コントラバスを持った人が。
厳かにクリスマスソングが流れ出す……
「いいムードね」
由梨香がホウと息をついた。
四重奏は確かに素晴らしい出来栄えで、私もほっとはしたが……
「クリスマス……か……」
ぼんやりとまた、去年のことに思いを馳せていた。
と。
「千歳さま、お電話が入っております」
ウェイターがそっと私の傍まで来て言った。
「え、誰からかしら」
「お名乗り頂けませんでしたが、知り合いだと……」
「わかったわ」
ちょっとごめんね。
わぴこたちにそう告げて、私はウェイターのあとをついていった。
「申し訳ございません、千歳さま。お電話というのは嘘でございます」
いきなり、会場を出たところで、ウェイターが深々と頭を下げる。
私は面食らって、言葉を発することができない。
「お母上から千歳さまを呼んでくるようにと仰せつかりましたが、内密にとのことでしたので」
「お母様が?」
「はい、こちらの部屋でお待ちです」
一体なんだっていうの?
こんな手の込んだ真似をしないといけないなんて、何を企んでるの?
いっそのことほったらかして会場に戻ってやろうかしらとも思ったが、お母様の企みも気になる。
ここは虎穴に入ってみるほうがいいのかも……
そう思った。
だから、私はウェイターに案内されるまま小さな控え室に向かったのだった。