ハッピー・デイ?・2

 部屋に入ってすぐにお母様に「これはどういうことなの」と尋ねようとしたら



「はい、こちらを向いて目を閉じてくださいませ」

「あっだめですよ、動かないで」


なにやら、若い女性が群がってきて鏡の前に座らされ……

メイクに、ヘアメイク、アクセサリーの付け替えと忙しく


なかば呆然と私はされるがままになっていた。




満足げなお母様と何度か鏡の中で目があったけれど、その表情は穏やかで。
何か悪巧みをしているときのお母様とは違っていて、声はかけられなかった。




薄いヴェールをかぶせられ、まるで花嫁のような自分の姿に思わず嘆息する。

メイクもプロが施したものはさすがに素人メイクと違い、まるで別人。





鏡の中には、私が昔あこがれたお姫様がいた。









「ねえ、お母様……」


「あら、もうこんな時間。コンサートが終わってしまうわ。急いで千歳ちゃん!」


「ちょ、ちょっと……」


「実質これがあなたの社交界デビューよ、一番綺麗な姿を皆さんに見ていただかないとね」


「う、うん……?」



「はいはい、こっちよ。急いで急いで」





急かされるままに、慣れないヒールで一生懸命歩く。

気づけばさっきの特設ステージの袖に立たされていた。











「皆様、今宵のパーティーはお楽しみいただけているでしょうか?」



ステージの真ん中でお母様が話し出した。



「本日のパーティークリスマスパーティーであると同時に、わたくしの娘千歳が社交界にデビューするお披露目のパーティーでもあります。皆様には今後とも、わたくし、娘ともども懇意にしていただきたく……」






すらすらと流麗に話すお母様を見て少し見直す。

ちゃんと、あの人なりに色々考えているんだ……なんて。




「それでは紹介いたします。藤ノ宮千歳です」


「どうぞ千歳さま、ステージへ」




お母様の声とともに、背を押された私はおずおずとステージに踏み出した。
スポットライトが一斉に降り注ぎ、まぶしくて前が見えない。



おおー、というどよめきとともに大きな拍手に包まれる。




「そして、皆様にもう一つ大事な発表がございます。娘、千歳と将来を誓い合い、将来は藤ノ宮家当主となる男性も、今宵紹介いたしたいと思います」





………………えっ!?





どよめきが更に大きくなる。

なんて言ったの、今?




「……お母様! またそんな悪巧みを……!!」


私はまぶしい光の中、影を頼りにお母様の傍まで駆け出すが。







慣れないヒールを履いていたことを忘れて急に走ったものだから、重心がブレてつんのめる。

長い裾のドレスも災いした。






だめ、このままじゃ無様にステージ上で転んでしまう。

そう覚悟した瞬間、ふわりと体が浮いた。




「っと、危ね」


近くで聞こえた声。

それは、聞き間違えることなんてあるはずなくて。




「ほら、急に走るからだぜ。大丈夫か? 足くじいてないか?」




「……葵……!?」





ようやくライトが落とされ、そこにいた人の姿を確かめることが出来た私は困惑した。


私を抱きとめてくれたのは

タキシードを着て、サングラスも外し、髪もいつかのクリスマスのようにオールバックにしていたが



……紛れもなく、葵その人だった。








「どういうこと……なの」

「まあ驚くよなあ……」



ステージの上でコソコソと葵に聞くと、葵は正面を向いたまま少しだけ唇を微笑みの形にゆがめた。









「千歳ちゃん、皆様にご挨拶して」

「え、あ、はい……」


マイクを渡されてハタと現実に返る。






そうだった。社交界デビューということで一生懸命考えていたはずの挨拶の言葉なんて、少しも思い出せなくて。

自分でも何を言ったか分からないまま

それでも、たくさんの拍手に包まれて私は挨拶を終えた。



目の前が真っ白。
お母様の表情を見るに、おかしなことは言ってないと思うのだけど……



「じゃ、葵くん」

「はい」




私から取り上げたマイクを葵に渡すお母様。
葵はそれを受け取って、ステージ真ん中へと進んだ。










「千歳ちゃん、黙っていてごめんなさいね」

「お母様……」

「お母様ね。葵くんと、個人的にお話したくて一度会ったのよ」

「初めて聞くわ……そんなの」


「そうでしょうね……」


葵の挨拶のあいだに、そっと私に寄り添ったお母様が話し出した。


「お母様も、彼が千歳ちゃんとお付き合いしてることは知ってたのよ。ただ彼が本気なのか、そして藤ノ宮家に入って当主となる覚悟があるのか、それを確かめたかった。ただ好きだから付き合う、なんて言ったら二度と会わせないつもりでいたわ。……たとえ千歳ちゃんに恨まれてもね」

「お母様……」

「でも彼は迷わず言った。俺が千歳を幸せにする、千歳をずっと支えていくし、藤ノ宮家をここで終わりにはさせないってね。なら、婚約しましょうってことになったんだけど……」





葵が……そんなことを。





「あちらのご家族とも一度お会いしたのよ。ただ、葵くんがね……」




お母様はそこまで言うと、何かを思い出したのか。クスクスと笑いを漏らした。




「千歳には秘密にして話を進めてくれないかって。どうしても千歳を驚かせてやりたいんだって言い張って。もちろん葵くんのご家族も私も止めたんだけど……」


「そんなの聞く人じゃないわね」


「そうなのよねえ。それで、まあ、藤ノ宮の当主となる資格があるかも試せそうだし……当日まで千歳ちゃんに秘密で進めてごらんなさいって言ったのよねぇ」









……葵。

あなたって人は。







「ふう、緊張したぜ」


晴れ晴れとした顔で戻ってきた葵が私の横に並ぶ。





お母様が再びステージ中央で何か言ってたけど

私は会場から見えないようにそっと、葵の背に手を回した。





「ね、……葵」

「おう、おばさんから聞いたか?」

「ええ、聞いたわ」



極上の微笑みを浮かべる。


「……千歳?」


「……うふふふ」









ぎゅううぅぅぅぅぅ。








「っが……!?」


葵のお尻を、思いっ切りつねってやる。


「い、痛ぇ千歳」

「ほら笑って笑って。写真とられてるわよ葵ちゃん?」


「お、怒ってんのか」


「えー、別にぃ」




涙目で無理やり笑いを浮かべてカメラに向き直った葵。




「お誕生日おめでとう」

私は前を向いたまま、ポツリと言った。

「えっ?」


「忘れてないわよ」


「……ああ。最高のプレゼントだったぜ、お前の反応」


「でしょうねえ……まったくもう。誕生日でなかったら許してないわよ」


「おーこわ……」









 ようやく心に余裕ができて、ふと会場を見下ろせば。


ニヤリと笑う由梨香。
悔しそうにハンカチを噛んでいる浅羽くん。


ニコニコ笑うわぴこと北田くん。




「……由梨香と、わぴこと北田くんが協力して、浅羽くんが邪魔したってところかしら」

「完璧。ご明察」






覚えてらっしゃい。

来年はあんたたちをびっくりさせてやるんだから。


考えはまだ浮かんでいないけど。







「葵、来年は私も企画するほうに入らせてよね」


「お?」


「今年騙されたぶん、倍以上にして返してやるんだから!」




そう言うと、葵はとても楽しそうに笑った。


「それでこそ千歳だな。オッケーオッケー、来年も楽しい誕生日になりそうだぜ!」







カメラ向けの作り笑いをやめた私たちはニヤリと悪人よろしく微笑み


そっと、誰にも見えないように手を繋いだ。






これから一緒に生きていく誓い。
そして、共謀の協定。

あたたかい手に、もういちど……





力をこめた。





メリークリスマス、そしてハッピーバースデイ。

来年はもっと、サプライズなクリスマスにしましょうね。