今、僕は電車に揺られている。
電車に乗ることは初めてではないし、街へ買い物に行くことがあれば使うので乗る頻度は高いのではないかと思う。
それは、一緒に乗っているわぴこや千歳さん、葵も同じことだろう。
ただ、このたびの乗車はちょっと街へ……なんていうものではなくて。
「ちーちゃん、葵ちゃん、こっちむいて!」
わぴこがカメラを手に、向かいの席の二人に声をかけた。
スピードという、二人でするトランプゲームに興じていた二人は照れたように顔を見合わせ、しかしちゃっかりピースサインを出してポーズをとる。
「秀ちゃんもほらっ!」
わぴこに促されたが、僕は首を振る。
「いや、遠慮しておくよ。せっかくの、葵と千歳さんがお付き合いしだして初めての旅行なんだし……お邪魔したくないからね」
そう。
これは旅行だった。
高校を卒業するに当たって四人で企画した、いわゆる卒業旅行。
卒業を前にして、葵が千歳さんに告白した。
正直なところ、長かったなぁと言うのが感想だったのだけど。
どう見ても相思相愛なのに、本人達だけが気付いていなかったので見ていて本当に面白かった。
「あら! それならあなたたちも撮ってあげるわよ」
にこにこしながら、千歳さんがわぴこからカメラを受け取り、こちらへ向けた。
「そうそう! お前らだって付き合ってから初めての旅行だろーがよ?」
葵もやたらハイテンションだ。
「秀ちゃん! コイビト同士のつーしょっと写真だよ~撮ろ!」
わぴこも太陽のような笑顔で僕の腕にしがみついて来る。
「仕方ないなぁ……」
……なんて言いながらも、満更でもない僕は思わず微笑んでしまって。
結局のところ、僕もハイテンションだっただけの話。
わぴこと付き合い出したのは、葵と千歳さんが付き合い出した翌日だったので、僕らのもまだある意味『出来立てホヤホヤ』なのだ。
「あ、ねえ秀ちゃん。通路にはみ出した荷物、邪魔になってるみたいだよ?」
わぴこが指差した先には僕らの荷物。
僕と葵のは大した荷物ではないから棚に上げてあるんだけど、千歳さんのバッグは着替えでパンパン、わぴこのバッグはお菓子でパンパンだ。
「そうだね……やっぱりなんとかして棚に上げられないかな」
「無理だろ……無理矢理入れると抜けなくなるぜ、これ」
葵の言葉に反論の余地もなく、僕は考え込む。
「仕方ないね。人の多い区間だけ、膝の上に置こうか」
ごく普通の、電車でのマナーだ。
「は~い!」
わぴこは素直にお菓子の詰まったバッグを拾い上げ、膝の上に乗せたのだが。
「やーよそんなの! スカートが皺になっちゃうじゃないのー!」
千歳さんが激しく抵抗した。
まぁ予想はしてたことなんだけどね。
「じゃあ僕が……」
持ちますよ、と言いかけた時。
葵がヒョイと千歳さんの荷物を持ち上げて僕に手渡して来た。
「ちょっと預かっててくれ」
「え?」
意味もわからないうちに重いそれを膝の上に置かれる。
すると葵はニッと笑うと千歳さんの腰に手を添えて強引に立たせた。
「俺が、自分の荷物を膝の上に置くからさ」
言うが早いか、千歳さんを持ち上げて自分の膝の上に座らせる ――― 。
「……なっ」
「おーっと! 逃がさねーぞ? お前はもう俺のもんなんだからな!」
立ち上がりかけた千歳さんの腰に腕を回して動けないように抱き締めて、葵は楽しそうに笑った。
「俺は俺のもんを膝の上に置いただけ、だぜ?」
「全く……」
呆れた。
しかし、千歳さんは暴れているとは言い難いほどの可愛らしい抵抗しか出来ていないし。
照れているだけで、心底嫌がっているわけではなさそうだし。
僕は千歳さんの、無駄な抵抗をやめさせるべく。
重いバッグを、千歳さんの席に置いた。
「……ただね、膝の上に置くのは『手荷物』程度のものだと思うんだ……」
というツッコミを心の中で入れながら。