「葵ちゃんとちーちゃん、いないね」
僕らも虫取り網とカゴを置いて、予定の場所についたのだが……
辺りを見回しても二人の姿は見えない。
「うまくいったんじゃないかなぁ。乗り過ごしてるんだと思うよ」
「このまま来ないとか?」
……それも仕方ないとは思う。
4人で楽しむ紅葉狩りもいいな、と思ったけれど。
実は僕にとっても、これはチャンスなんだ。
「秀ちゃん?」
僕はわぴこの手をそっと握る。
彼女も、千歳さんと同じか……それ以上に鈍いから。
少しくらいはアプローチをかけないと、葵に「俺を煽っていながらお前は何をしてるんだ」と言われかねないしね。
だから、余裕の微笑を浮かべて。
「わぴこ、今日は2人でデートしよう」
「2人で?」
……なんでちーちゃん達を待たないの、と来るはずだった。
だから、色々と言い訳を考えていたんだ。
2人の邪魔をしちゃ悪いよとか、他にもたくさん。
そして、さぁそれを口にしようと思っていた僕はわぴこの行動に対しての準備は全く整えていなかった。
「わぴこ、こっちの方がいいな!」
ぐい、と腕を引かれたと思ったら彼女の手が僕の腕に絡んでいて。
にこ、といつもより大人びた微笑みを浮かべる彼女が僕を見上げていて。
「……え、わぴ……こ?」
「こっちの方が、恋人同士っぽいでしょ?」
平然と言われて、二の句が継げなかった。
わぴこの口から「恋人同士」なんて言葉が出るとは露ほども思っていなかったし。
それよりもわぴこが恋人同士とはどういうものかをちゃんと把握してるとも思っていなかったし。
僕が呆然としているとわぴこは腕に力をこめて、チラリと僕を見上げる。
そしてからかうような、でも冗談ではないとわかる微笑みを浮かべて。
「ねえ秀ちゃん、今日だけ?」
「えっ?」
「わぴこを彼女として見てくれるのは、今日だけ?」
……あぁ。
ずるいなぁ、彼女は僕が思うよりずっと大人になっていたんだ。
そしてそれを僕にすら気付かせない狡猾さは、怒りや呆れではなく感動さえ感じさせる。
完敗かもしれないなぁ。
この分では僕の気持ちなんてとっくの昔に知られていたみたいだし。
知ってて僕を待っててくれたんだろうね。
葵ちゃんを煽っていながら、秀ちゃんもまだまだだよね、なんて思いながらさ。
ちょっとだけ恥ずかしいのと悔しいのとで僕は意趣返しのつもりで
「今日だけじゃ我慢できそうにないね。わぴこのこと、もっともっと知りたいんだけど……いいかい?」
少しだけ彼女に顔を寄せて耳元で囁くと。
わぴこは小さく笑って背伸びをし、僕の頬に口付ける。
……と。
ふと視線を感じて振り向けば唖然としたまま僕らを見つめる葵と千歳さん。
駅から走って来たのだろう、せわしなく息をつきながら、目をまん丸にして僕らを見つめていた。
「お……お前ら」
「付き合ってたの!?」
あまりにタイミングがいい、と言うか……わぴこは途中から二人が駆けてくるのに気付いてたんじゃないか?
わぴこの位置からなら見えるはずなんだ。
だとしたらこの小悪魔な彼女は計算ずくで僕を躍らせたってことになるなぁ。
まったく。
僕は観念して最高の笑顔を浮かべ、わぴこを抱き寄せた。
そして二人に見せ付けるように、目一杯幸せそうな顔で言ってやった。
「つい今し方、ね」