太陽の選択肢 3

私は、みんなに顔をあわせることなく自宅に戻っていた。

手鏡を取り出して見た自分の顔はそれはもう、あまりの惨状で。


葵の言葉に甘えて、早々に裏山を後にしたのだった。




けれど……



自宅に戻ればまた、ひとり。

広いリビングにぽつんと佇む自分が、なんだかひどく哀れに思えて。



おさまっていたはずの涙が、またじわりと目頭を熱くする。



大丈夫、大丈夫よ千歳。

お母様の薦めてくれた女学院に行けば、また素敵なお友達が出来るわよ。

大人しくて、可愛らしいお嬢様ばかりが集う有名校。

きっと優しいお友達が出来る。






ああ、でも……

わぴこ達みたいにハチャメチャな人は居ないかもしれない。

牛……は当然いないわね。

校長先生も、あんな風にのんきじゃないかしら。


厳格な学校だって言うし。




何も……変わらない。
私がここへ来るまでと何も変わらない。
私はお嬢様で、私にふさわしい学校に戻るだけ。




だけど ―――




そこに、北田くんは居ない。
仕方ないなあ、なんて笑う声も、そこにはない。

春のお日様みたいに、柔らかいまなざしを見ることはなくなる。


そこに、わぴこは居ない。
ちーちゃん大好き、と私に向けられる笑顔はない。

夏のお日様みたいにまぶしい彼女は居ない。






……そこに、葵が居ない。

もうあの憎まれ口は聞けなくなる。

冬のお日様みたいに、本当はあたたかい彼がいなくなる。







いや……

そんなの、いや……


会おうと思えば会える、なんて嘘。

小学校の頃のお友達と、中学に入ってからだんだん会わなくなった。



きっと、高校へ行けばみんなとも会えなくなってしまう。


苦しい、よ……








ついに私はリビングの床に突っ伏して泣き出してしまった。




もう戻れない。

私はあたたかいものを知ってしまったから。

太陽の存在を知ってしまったから。




泣こう。

気が済むまで泣いて、諦めよう。

そうしないと前に進めないから……





そう、思った。



その時、静かな部屋に小さな物音。


コツ、コツ、とガラスに何かが当たるような音だった。



リビングから庭へ出る窓の方から聞こえたような気がする。

私はのっそりと身体を起こし、そちらへ歩き出そうとした。





ヒョイ。





窓ガラスの向こうに顔を見せたのは……



「……葵!?」



彼はジェスチャーで「ここ、開けろ」と鍵を指差す。

私は何が何だかわからないまま、言うとおり鍵をあけた。




「ふー、外はあっちぃなー。あれ、クーラー入ってないのかよ」

「え、ああ……そうね、今入れるわ」


じわりと額に浮かぶ汗に気付いて、私はクーラーのスイッチを入れる。


葵は靴を脱ぎ、それをいそいそと玄関に置きに行くと暑い暑いと連呼しながら戻ってきた。




「……なんでこんな所から?」

「表だとアイツらに見つかるからだよ」


……はあ?


「はいはい、どこに目があるかわかんねーからとりあえずカーテン閉めるぞ」

……はあ?



葵の意図が全くわからない。



さっきまで泣いていたことも忘れて、私は呆然と立ち尽くす。



「わりーけど、冷たいお茶かなんかねぇ?」

ソファに座ってシャツの襟をパタパタさせている葵に言われて、私は我にかえる。


「待ってて、入れてくる」
「おう、サンキュ」



葵が何をしに来たのかはわからない。

でも、さっきまでの孤独はもう感じない。



わかってる。
それも今だけだって。



それでも、少しでも……
誰かが、……葵が、傍にいてくれるなら。




少しだけ笑った。

自分の愚かさに笑ったのか、それとも。
ただ、嬉しかったのか。