「……ここは……?」
目を覚ましたら、見知らぬ天井が見えた。
そもそも電車の中で寝ていたはずなのに、あたたかい布団の中で目を覚ましているのは何故だろう?
まず状況を確認しなきゃ、と体を起こしたら額から何かが落ちた。
それは、濡れたタオル。
こういう情景は、どこかで見たことがある。
そういえば、心なしか体が軋むように痛い気がする。
「やっと起きたか、千歳。スープ温め直してやるから、それ飲んで薬飲めよ」
キッチンから、ゆったりした足取りでやって来た葵。
そうか、ここは葵の部屋だった。
「葵、わたし……?」
キッチンへ戻ろうとしていた葵の背に声をかければ彼は振り向き、苦笑して。
「少しとは言え服が濡れてたのに、あのクーラーの効いた車内で寝てたら、風邪も引くだろ。ま、もしかしてと思った時点で降りてりゃ良かったのに、気のせいかと思ってほったらかした俺にも責任はあるからな。ポタージュスープ作ってあるから、温めてやるよ」
それだけ言うとまた踵を返してキッチンに消えた。
風邪……ね。
どうやら熱も上がってるみたいね、この感じだと……
また葵に迷惑かけちゃった……
「えっ! タクシー使ったの!?」
ベッドから何とか抜け出し、葵の用意してくれたスープを飲みながら事の顛末を聞いた私は耳を疑った。
あの、節約家の葵がタクシーをつかうなんて。
あの後、私はすぐに熱が上がってしまったらしい。
熱に浮かされる私を見てこのまま電車が動くのを待つのは得策ではないと判断した葵は、ぐったりした私を抱えて駅前のタクシーに飛び乗ったのだと言う。
途中、薬局に寄り薬を買い込み、眠る私を自分のベッドに寝かせてスープを作っていたのだと。
「あの、葵……」
「ごめんなさいはもういいぞ」
謝ろうとしたら、先回りで封じられてしまった。
「こういう時はありがとうって言うんだよ」
コン、と拳で額を小突かれて私は不覚にも少し、ほんの少し、葵を格好いいと思ってしまう。
「ほら、体温計見せろ」
「うん……」
素直に体温計を渡す。
自分で見るとなんだかダメージを受けそうだったので、あえて見ないようにした。
どうせ見ても見なくても、体温が変わるわけじゃないのだから無駄な抵抗なのだけど。
「あっちゃ~……38.5℃、こりゃまず解熱剤だな」
葵はテーブルの上にところ狭しと並べた薬を片っ端から手に取り、やがて目当てのものを見つけたのか、いそいそとパッケージを開ける。
よりによって、粉薬。
私のしかめっ面を見たのか葵は少し吹き出して、コップに白湯を注ぐ。
……知らなかったけど、葵って案外こういう所はきちんとしてるのよね。
わざわざ白湯を作るだなんて。
粉薬は嫌いだけど、ここまでしてくれている葵の厚意を無にするわけにもいかない。
私は覚悟を決めて、それを一気に流し込んだ。
口一杯に広がる、甘苦い薬の味に、勝手に顔が歪んでしまう。
葵は黙ってもう一度白湯を注いでくれた。
「あとは、こいつだな」
休む暇もなく、葵は立ち上がると綺麗に畳んである洗濯物の中からパジャマを出し、私に差し出す。
「さすがに、勝手に着替えさせるわけには行かないだろ?」
……正論だわね。
しかし、パジャマを出してくると言うことはつまり
「私、ここに泊まるの?」
「お前はその状態で帰る気だったのか?」
見事な切り返しです。