俺はつけこむ男だぜ 3

 一回り大きい葵のパジャマに着替え、再びベッドに押し込まれた私は、体くらいは起こさせててくれと懇願し、背中にクッションを挟んでベッドの背もたれに体重を預けていた。


「明日は学校休んだ方がいいな」

再度計った体温は、先程とかわらず。


葵はベッドの側に胡座をかいて座りながら、頭をかいた。
確かに、こんな調子だと明日の登校は無理かもしれない。

私は一度だけ首を縦に振った。






それからしばらくは、テレビを見たり、世間話で時間を潰していたのだが……


「ほら、そろそろちゃんと横になれって。治らなくなっちまうだろ」

心配そうに言われて、大人しく横になる。

確かにそろそろ、起きているのがつらかったからベッドに沈むとホッとしたが。


でも、ねえ。


「葵のベッド……占領しちゃってるわ……」

葵はどこで眠るつもりなんだろう。

「病人が余計な気を回してんじゃねーよ」

なんて、葵はあっけらかんと笑うのだけど。



「まー心配すんなって! ちゃんと考えがあるからよ」


「……ん」


そうまで言われては引き下がるしかないし。
頷いて、もう寝ろと言う葵の言葉に素直に従った。











すとん、と眠りに落ちたのはいいけれど……

「あつい……」

私は暗闇で目覚める。



……いや、暗闇ではなかった。

部屋は調光器付きのスタンドライトの仄かな明かりに照らされている……


目覚めた時に心細くないようにという葵の気遣いだろうか。


「少しはマシになったか?」

すぐ近くで葵の声がして、額に乗った生暖かいタオルが取り去られた。

葵……起きてくれていたんだ。



「いま……何時……?」

声が、うまく出せない。
喉がカラカラに渇いているせいかしら。


「2時46分」

真夜中、だわ。

「待ってろ、水入れてくっから」


葵は私の額に絞ったタオルを乗せてキッチンへ向かう。





 ああ……

申し訳ないとは思うけれど、葵がいてくれて本当に良かった。

一人、自宅で寝込んでいたらさぞ不安だっただろう。


死ぬことなどないと分かっていても、誰も介抱してくれないのだから、タオル一つ替えるのだって自分でしなければならなかっただろう。

何より、側に誰もいないことに打ちのめされていたと思う。



「千歳、アイスくらいなら入るか? 少し胃に入れて、もっかい薬飲んだ方がいいんだけどよ」

水を手に戻った葵に問われ、私は小さく頷いた。


葵に背中を支えられ、少し体を起こし、小さく震える手でコップを受け取り、水を飲もうとしたら葵はコップにそっと手を添えてくれた。

ここで溢したら大変だし、ね……





とりあえず、水を飲み干すと少し落ち着いて。
私はのそのそとベッドの上に起き上がった。
それを見届けると葵はキッチンへ向かい、すぐに箱に入ったアイスを持って戻ってくる。

『PINO』と書かれたその箱は手のひらに乗るくらいのもので、中にはチョコレートでコーティングされた6つのバニラアイスが入っていた。

甘い香りが、わずかに食欲を刺激する。


ありがとうと手を差し出そうとし、葵がそれを渡す気配がないことに疑問を覚えた。

そして。



「ほら、あーん」




………………!!!




「なんだよ、いらねーのか?」


ちょっと、葵……なんで平然としてるのよ。
なんて考えてる私に構わず、葵はホレホレとプラスチックの楊枝に刺さるそれを私の口元に差し出してくる。


そ、そうよね、他意はないわよね。
私が病人だから、気をきかせてくれてるだけよ。
きっとそう!


「……あーん」


ぱく。


鼻孔をくすぐる甘いバニラとチョコレートの香りに耐えられず、私はそれを口にした。

チョコレートがとろりと熱い舌の上で溶け、冷たいバニラアイスが口内の熱を奪って行くのが気持ちいい。


「俺も小腹が減ったし、1コだけくれ」
「え?」


私が止めるより早く。
葵は、その楊枝で次の一つを突き刺して自分の口元へと運び。


「ん、うめぇ」



「か、風邪が移るわよ」

間接キスだとか、言わないわよ!
ええ、言いませんとも!

たったたた、ただ、私は葵に風邪を移しちゃ悪いと……!


「俺は鍛え方が違うんだよ、お前とは。ほら、次」


そして、また差し出される甘いそれ。



「……うぅ」
「気にすんなって。ちゃんと食わないと薬が飲めないだろーが。ほれ、あーん」
「……あーん」



葵、まさか、分かってやってないでしょうね。