俺はつけこむ男だぜ 4

 なんだかんだ言いつつ、アイスを完食した私は、薬を飲んでベッドに横になった。

横になったのはいいのだが……


「眠れねーのか」


そうなのだ。
睡眠はしっかり取ったし、少し体が楽になったせいか眠くならない。


葵がスタンドライトの明かりを少し強くして私の顔色を伺いに来る。

「ちょっとはマシになったかな」

頬に葵の冷たい手が触れて、その心地よさに目を閉じた。


「喉は渇いてねーのか?」
「ええ、今は平気」
「ほんとは眠った方がいいんだけどな。眠れないなら仕方ないか」


言って葵はテレビの電源を入れ、棚からいくつかのDVDを取り出すと私に手渡す。

アクション映画や、ミステリー、ホラー、ラブロマンス、様々な作品が無造作に重ねられたそれを受け取り、見たいの選べよと言われたのでアクション映画を選んだ。

こういう時にミステリーなんかを見てもあまり楽しめそうにないしね……


これ、とDVDを渡せば葵は慣れた手つきでディスクを挿入した。
間もなく、映画が再生される。


ええと、これは確か……

「この人、サイボーグだったかしら?」
「おう、そうだ。有名な映画だからお前も知ってるか」

「前にテレビで見たことがあるわ」


記憶はかなり怪しいものだけど。



「ねぇ葵、この人はなに? 金属? 液体?」
「ねぇ葵、この人バイクで追いかけてくる気じゃない?」
「ねぇ葵、この人負けちゃったわ!」
「ねぇ葵、どうしてこんな悲しい結末なの?」



私はことある事に葵に話しかける。

葵は苦笑しながらも、おざなりにすることもなく一つ一つ答えてくれた。

悲しい結末にホロホロ涙していたら、不意に葵の手が伸びて来て。

涙をそっと拭われ、頭を撫でられた。


「お前ってほんと、純粋だよなあ」


しみじみと言われて面食らう。
私が純粋?

葵ったら、もしかして私の風邪が伝染って熱でもあるんじゃないかしら。



「これで泣けるんだから、純粋だよ」


はにかむ葵。
葵のこんな表情を見るのは初めてかもしれない。

「葵も……」

「ん?」

「……やっぱり、いいわ。うまく言葉に出来そうにないから」

「なんだよ? 気になんじゃねーか」

「ん~……つまり、優しくしてくれてありがとうって事」



上手く表現出来なくて、とっても簡潔に伝えたけれど……それはちゃんと伝わったみたいで。
葵は、今までにないくらい優しい笑顔でもう一度私の頭を撫でてくれた。



「……あ、そうだ。お前、あんずって嫌いか?」

いきなりの話題転換、でも葵はいたって真剣に聞いてきたから、私は首を横に振った。

それを見て葵はそうかと呟くと、やおら立ち上がりキッチンへと駆け込んで、なにやらガチャガチャ言わせている。

一体なんなのか……


待つこと数分、葵が盆に何かを乗せて戻って来た。

氷の入ったグラスには琥珀色の液体が入っていて、何やら甘い香りが漂ってくる。




「趣味でな、色々と漬け込んでんだよ。これはあんず酒」

あんず酒……

「梅酒もあるんだけど、とりあえずこっちが飲みやすいはずだぜ。ちなみにこれは滋養強壮」



い、意外……!
葵が果実酒を浸けてるだなんて!


あ、でも節約家の葵だからこそって思えばそんなに意外でもないのかしら?


「原液のままじゃきついからな、水分補給も兼ねてミネラルウォーターで割ろう」



 てきぱきとそれを準備する葵を見ていて、私の心に一つの疑問が浮かんだ。


葵は、本当は優しい人だから。
私を看病してくれるのは、嬉しい。

でも……



「ねえ葵」
「んー? 今度は何だ?」

葵は楽しそうに顔を上げた。


「葵は、他の友達が私と同じように倒れてもこうして看病するの?」



言ってから後悔した。
葵の目が、すぅっと細められたから。


「……気付かなきゃ、曖昧な幸せに浸っていられたのにな? 千歳」


葵の纏う空気の温度が下がっているのがわかる。

「私、だけ、なのね」


私の口から出る声は硬い。

葵は可笑しそうにクツクツ笑うと、不意に相好を崩した。

「あはははははは! お前、今の顔……っ! ぶわははははははは! あーっ、たまんねー!」


な、な……


「お前だけだよ、千歳! 俺は出来た人間じゃねーからな、惚れた女じゃなきゃここまでしねえって!」

お腹を抱えて笑いながら、とんでもない告白をする葵にどうリアクションしていいかわからず、私はただおろおろと視線を泳がせる。
惚れた女って……私のことよね?

「俺はな、弱ってるお前の心に付け込むような男なんだよ。お前があんなこと聞かなきゃ、言うつもりもなかったんだけどなー」


笑いすぎて涙すら浮かべながら言う葵に、何か切なさのようなものを感じた。
間違いではないと思う。

私が葵の気持ちに気づくわけがないと。
そう思ったからこそ付け込もうとした。


そして気付かれたから、諦めた。





急に、無性に腹が立った。



「私が振り向かないって決めつけてたのね! だから今、葵は諦めようとした! そうでしょ!」


図星。
葵の笑いがピタリと止まって。

また、冷たい空気が……ううん違う……甘い毒を持った棘に絡めとられて行くような錯覚が。




「千歳……付け込んでもいいのか?」



だから、私は ―――



葵が好き、と密やかに呟いて


葵の毒に侵されることを選んだ ――― 。