太陽の選択肢 (了)

冷たいお茶を流し込めば、火照った体もようやく落ち着き。

スイスのお母様が送ってきた羊羹を切って、おかわりのお茶をテーブルに運ぶ。

……なぜ羊羹なのかは敢えて問わない。
あの人のすることにいちいち突っ込みを入れていてはこちらが疲れるだけだし。




「また泣いてんじゃねーかと思ってさ」


羊羹を口に運んで、葵はテーブルを見つめながらポツリと言った。

心配、してくれたのね。


「こっからは俺の推測だけどよ。もうじき受験で、俺たちは高校がバラバラになっちまう。お前は……それが辛いんじゃねーのか?」


推測、なんて言っているけれど

どう見てもそれは確信している表情の葵。

だから私もごまかすことはしなかった。

コクンと小さくうなずくと葵は小さくため息をついた。




「もうちょっとオバサン対策とかちゃんと考えてから言おうかとおもったんだけどな」

「オバサン……て、お母様?」

「そ。まあいいや、お前のそんな顔見るのは俺も嫌だしな」

残りの羊羹をポイと口に放り込み、お茶で流し込むようにして葵は天井を仰ぎ


ふうっと大きく息をつく。





「千歳。今から志望校を変えるんだ」

「……はい!?」

「冗談で言ってるわけじゃねーぜ。俺も、わぴこも、秀一ももう変えた」

「ちょ、ちょっと一体どういうこと……?」

「わぴこにはちょっと勉強頑張ってもらわねーとダメだけど、それは秀一が面倒見るって言ってるし。わぴこも本気みたいだから問題ないと思う。俺も計画が決まってからちゃんと勉強したから今のとこ問題ナシだ」

「え、え、え?」

「……みんなで一緒の高校行こうぜ」

「なっ!」

「わぴこは学力的に妥当なとこで手を打とうって話になってただけだし、秀一は進学校には行きたくなかったらしくて親を説得したんだと。俺んとこは親が諸手をあげて賛成してくれてっから、あとはお前だけなんだよ」



淡々と、事もなげに話す葵に

対照的にあんぐりと口をあけはなした私。


「道はまだ一つに決まっちまったわけじゃねえだろ。行きたくない学校に行ってお前は本当に満足なのか?」

「だ、だけど……進路は未来を決める大事なことよ! 友達と離れたくないからって簡単に変えるわけには……」

「未来は高校が決めるわけじゃねえ。お前自身が決めることだ」

「う……でも……」




葵がじっと私を見つめてくる。
サングラスの向こうに透けて見える瞳は、彼が本気だと伝えていて。



「お前は女学院に行きたいのか?」


「い……嫌よ!」


つい、叫ぶように答えていた。





……嫌、だったのよ。本当は。

やっと本当の私らしさを手に入れたのに。
自然と笑えるようになったのに。

作り笑いなんて、する暇もないくらい毎日が楽しくて。





「ほんとはさ」

葵はサングラスを外してテーブルに置く。
ゆっくりと顔を上げた彼は……笑っていた。

照れたように、少しバツが悪そうに。
悪巧みがバレてしまった子供、そんな風情で。


「俺が嫌なんだよ、お前と会えなくなるの」











……ずるい。

ずるい、ずるい。


「……ずるい!」



そんな顔で、そんなことサラッと言わないでよ!










「な、何がずるいんだよ?」

「こんなときに、そんな顔で笑うなんてずるいわよっ!」

「はぁ? そんな顔ってどんな顔だよ!」

「そんな顔よ! そんな顔であんな事いわれたら……勘違いしちゃうじゃないの!」

「この期に及んでまだ勘違いとか言うのかよお前……っ」



がくり。

脱力した葵がソファに深く沈んだ。


「結構頑張ったんだぜぇ? 我ながら言ってからなんつー歯の浮くセリフだよとか突っ込んだってのに……勘違いとかねぇわ……」

「へ?」

「ああもう、そのニブさでムードとか望むのがそもそも間違ってるんだよ千歳の馬鹿やろー。こんなことならストレートに言ったほうが無駄な恥かかなくて済んだじゃねえか!」

「へあ?」

「お前が! 好きだから! 離れたくないって言ってんだ! ドンカン千歳!」



ビッシと指先をつきつけられて、ひとことずつ区切るように怒鳴られて。


……そしてまた、葵はあの顔で笑う。



「ほんと、鈍感だよお前。なんで俺がこんな必死なのか考えもしないなんてよ」





ああ ―――

お日様、だわ……

この笑顔。なんて心地よく私を甘やかしてくれるんだろう。



「千歳」

「はい……っ」

「二つにひとつだ。俺を振って女学院へ行くか、俺と一緒に……わぴこと秀と一緒に騒がしい高校生活を送るか」







私には、選ぶ時間は必要ない。

だって、私たちは太陽がなければ生きていけないもの。

私には……太陽が必要だもの。











「葵……大好き!」






はにかんだ笑顔の、私の太陽。

抱きついたら


おひさまの香りがした ――― 。