きん注(葵×千歳) Wake up,Sleeping beauty 3

「……俺?」
葵は思わず呟き、目を見開く。
千歳はシーツの上に置いた手をゆっくりと動かし、何かを探すような仕草を見せる。自分を、探しているのだろうか。
葵はそう思ってから胸を押さえた。
ひどい罪悪感。
夢の中の自分は一体何をしているのか。
「葵……ごめ、なさ……」
千歳の声が震えた、と思った瞬間。
ふるえた瞳、濡れた睫毛。
――― こぼれてシーツに吸い込まれる、涙。

(馬鹿、何でお前が泣くんだよ)
(何でこんなに苦しいんだよ)

葵は押さえた胸元の激しい鼓動に驚いていた。
これでは、認めているようなものじゃないか。
今まで散々、否定してきたこの感情。

(そんな顔すんな、バカ千歳。俺が見たいのはそんな顔じゃねえ)
心の中で呟いて考える。
なら自分は、どんな千歳が見たかったのだろう。

「…………ああ……馬鹿は俺か」
至った答えは簡単だった。
どんな顔が見たいとか、見たくないとか。そういう事ではなくて。
(泣かせたくなかった。そういう事だろ?)
誰に問いかけたのかもわからないまま、しかし答えを求めるように窓の外の月を見る。
(好きだからイジメる、なんて……俺はホントに馬鹿だったな)
小学生のようなやり方だと、恥ずかしさがこみ上げてきた。

「千歳」
今までのように馬鹿にするような声ではなく。静かに名を呼べば、その響きはすんなりと自分の心の中に落ち着いた。
そっと右手を伸ばして、涙のあとを指でなぞる。
「なあ、俺はお前を泣かせたかったわけじゃないんだ」
指を滑らせて何度も何度も、涙のあとを消すようになぞって。
葵は口元に笑みを浮かべた。
(俺は気付いたぜ千歳。あとはお前だけだ)

千歳が悪しからず自分を思ってくれているという自覚はある。
おそらくそれは「気になる存在」程度のものだろうけれど。
(俺は先に気付いたんだ。お前が「気になる女」なんかじゃなく「好きな女」だったんだってな)