中学生って、恋愛に向いてると思う?
中学生だったころの私なら、向いていると答えたのでしょうね。
でも……今の私なら、向いてないと答えるわ。
だって、あの頃の私は恋に恋していただけだった。
『再開のとき』
「よう、相変わらず少女趣味な格好してんな」
「あんたねえ。久しぶりに会ったのに第一声がそれなわけ?」
高校へ進学し、大学へ入って。
離れることなどないと、根拠もなく信じていた私たちは、見事なまでにバラバラになった。
町でバッタリ会うことはあっても
示し合わせて会うことは減っていた。
「北田君とは会ってるの?」
「いや、しばらく見てないしな……医大ってのは忙しいんじゃね? そっちこそ、わぴことは会ってるんだろ?」
「それが……わぴこはあの通り友達が多くて。なかなか会う機会がないのよ。たまに電話は来るんだけど」
もうどのくらい、4人で会っていないのだろう。
「そっか。で、今日俺を呼び出したのはどーゆー理由なんだ?」
田舎ノ中学校、理事長室。
彼にとっては懐かしいのか、ゆっくりと部屋を見渡しながら葵はボソリと言った。
「……怒らない?」
さて、案外すんなりと呼び出しに応じてくれた葵だったけれど、呼び出した理由というのを素直に話して怒らないくらいには大人になっているのかしら。
「ほっほー、俺が怒るような理由で呼び出したワケか、千歳ちゃんは」
ニヤリと笑って私に視線を定めた葵は、今のところ怒ってはいないようだけど。
私は意を決して、口を開いた。
「寂しかったの」
寂しかったの。
一人、母校の理事長室で仕事をして。
校庭を走り回る後輩たちを眺めて。
あの頃の自分たちを思い出して。
恋に恋して、葵を想った自分を思い出した。
そうしたら、急にどうしようもなく寂しくなった。
「寂しかったの。あの校庭を走り回っていた頃の自分がどこにもいなくて、わぴこの元気な声も聞こえない、北田君のとがめる声も聞こえない、葵のはしゃぐ姿がない。当たり前のことなのに、涙が止まらなくなって……」
言っているうちにまた涙があふれそうになって、私はうつむいた。
葵は黙っている。
まんじりともせず、ただその場に立ち尽くしている。
そんな葵のスニーカーの先を見つめながら、彼の大きくなった靴のサイズにまた何か心の奥で雫が落ちて。
「お前な。当たり前のことをなんで寂しいとか思うんだよ。俺たちは卒業したんだろ?」
葵がゆっくりと私の方へ歩いてくる。
私はまだ顔を上げられない。
「確かにあの頃の俺たちはここにはいねーさ。けどな、ちゃんと見てみろよ」
葵の手が伸びてきて、私の顔を両側から捕まえた。
そのままグイッと顔を上げさせられて、目に飛び込んだのは葵の苦笑い。
「俺は誰だ? 言ってみ」
「葵でしょ?」
「そうだ、久遠寺葵サマだろ。で、俺の目の前にいるのは藤ノ宮千歳だ。わかるな」
「当たり前じゃない……」
葵が何を言いたいのか、よくわからない。
「お前は過去に固執しすぎなんだよ、千歳。過去ってのはな、確かに誰にとっても輝いてるもんだ。けどあの頃の自分は今が青春だーなんて思ってたか?」
あの頃の、私?
毎日が楽しかった、けれど。
確かにしみじみと青春を謳歌しているなんて思ったことはなかったかもしれない。
「今日、今この時も、明日には過去になるんだぜ?」
葵が私の顔から手を離して、ソファの方へ歩いていく。
「俺の持論だけどな」
どっかとソファに沈み込んだ葵が天井を仰いで呟くように言った。
「過去は、ここにないから輝くんだよ。俺たちは馬鹿だから、今ここにある輝きになんてほとんど気づかないんだ。で、過ぎちまってから振り向いて、輝いてたんだって知る」
「そうかも……しれないわね」
「ああ。でもな、そういう時の中で変わらないもんだってあるんだぜ」
天井を見ていた葵が体を起こして私を見つめてくる。
「俺は俺だ」
真剣な瞳。
茶化すわけでもなく、ただひたすらに真摯に。
「そんで、お前はお前だ。俺たちは何も変わっちゃいないんだよ、千歳。少しずつ変わっていく周りに合わせて着替えてるだけで、中身なんてそう簡単に変わらねえもんだ」
葬式に出るときは喪服を着る。
結婚式ならドレスアップする。
それだけのことだろ?
葵はそう言ったきり言葉を切った。
ああ。
そう、そうなのね。
今を輝いているものだと、信じられないからこそ過去にすがる。
今という時間も明日には輝く過去になるのに。
輝きの中を進む私たちは変わってなどいないのに。
「人間、裸になっちまえば一緒だろ。着飾ってなきゃ中身は変わらねえ。貧乏人も、大富豪も、裸になっちまえば外見だけじゃ分からねえ。お前も俺も、秀もわぴこも、中身は変わってねえんだよ」
「ねえ、葵」
「んー?」
だったら、ねえ。
私の、心も。
「葵は、中学生って恋に向いてると思う?」
「……相変わらず突飛だな、おめーはよ」
「今の話とまるきり関係ないわけじゃないわよ」
「そーかよ。んー……そうだな、向いてると思うぜ。あきれるくらい勘違いしまくって、前しか見えてないけど、今より勢いがある。その勢いで、本物の恋ってのを見つける可能性は高いだろ」
「ふふ、そうね。私、恋に恋してると思ってたの。錯覚だって。でも、今の葵の話でわかった。今の私にはあの頃の勢いが輝いて見えていたのね。今の自分にない、無鉄砲さが悔しくて私は目をそむけて、過去にしようとしていたんだわ」
「ふー……ん? なんか抽象的な話だな」
「あら、単純明快よ。私は変わってなんていなかった。私の想いも、変わってなんていなかった。それだけのことよ」
そう。私は葵に恋していた。
あの頃の私は、周りが見えなくなるくらいに葵が好きだった。
その勢いを失った今、私はその事実を許せずに全てを過去にしようとして。
「今の私にあの頃の勢いはないの。でも、代わりに穏やかな愛情っていう着替えを手に入れてたわ」
「へえ……」
今も葵への思いは変わらない。
友人であり、私の恋する男性でもある。
「そいつは奇遇だな、俺もそうなんだよ」
「え?」
葵は来い来いと私に手招きをして見せた。
不思議に思いながら近づくと、いきなり手を引っ張られて。
私は葵の上に倒れこむようにしてソファに手をついた。
「何するのよ葵! 危ないじゃな」
「なあ千歳」
私の抗議は聞こえないとばかりに葵が言葉をかぶせてくる。
「勢いのままに好きな女を怒らせて、自分の方を向かせようとしてた俺がいたんだ」
「葵……?」
「その俺は今でも俺の中にいるけど、好きな女を包んでやりたいと思う俺もいるんだ」
「何が……言いたいの」
「俺の勘違いじゃなきゃ、お前はもう俺の言いたいことを理解してるはずだぜ?」
言葉が出なかった。
だって、あまりにも都合が良すぎるじゃない。
でも、でも……
「なあ……あれから7年だぜ。もうそろそろ決着をつけねえか?」
「葵……」
「寂しくなって、俺を呼んだ理由。もう自分でも分かってんだろ?」
わかってる。
その気になればわぴこだって、北田君だってかけつけてくれたはず。
なのに彼らに声をかけずに葵を呼んだのは
「葵のことが、好き、今でも……」
「俺もだよ、千歳」
顔を見られなくて、葵に抱きついた私を。
彼は優しく、包み込んでくれた。
(完)