(仮)

吹き抜ける風の冷たさに一瞬身震いして、私は目を覚ました。

ああ……そうか。地域の懇親会へ出かけたおばあちゃんを待ってる間に寝ちゃったんだな。

見ていたはずのバラエティ番組はとうに終わり、テレビから聞こえるのは淡々とニュースを読み上げるアナウンサーの声。



それにしても遅いな、おばあちゃん。
うちは寺で、朝のお勤めは早い。
本来ならもう寝る体勢に入っていなければならない時間だ。




外からは虫の音が聞こえているだけで、山の中腹にあるこの寺の周りはとても静か。
だから、車のエンジン音はすぐに耳に入った。

やっと帰ってきたみたい。
そう思って立ち上がった私は玄関まで祖母を出迎えに向かった。


ガラガラと音を立てて引き戸が開き、いつもと何ら変わりのない祖母の顔がのぞき、それから。

「遅くなったな琴馬。お客さんじゃ、お茶を用意してくれ」

祖母の後から顔を覗かせたのは、人の良さそうな初老の紳士。

「はぁい」


祖母はいろんな人から相談を受けることも少なくない。
それは寺の住職だからというのもあるけど、うちが「祓い屋」であるからという理由の方が大きいだろう。


頼ったことのある人は確かな確信を持って、また噂程度でしか知らない人も困った事があればここ、日生寺に頼れば大丈夫だと認識しているようで、案外お祓いの仕事も舞い込んでくる。


今回もこの時間のお客様だ、おそらく「そちら」関係の相談事なのだろう。


私はキッチンへ行き、慣れた手つきでお茶をいれた。
祖母に育てられているせいか、コーヒーなどよりは日本茶を飲むことの方が多い。
とは言ってもひとりで何かを飲む時は専ら甘いココアやカフェオレだけれど。


まだ日本茶の良さがわかる年ではないなと祖母は笑うけど、別に嫌いなわけじゃない。
ただ単に甘いものが好きなだけ。




「そろそろ窓はしめておかなくちゃ、思ったより冷え込んでる」


日中の日差しはまだ強いものの、10月の中旬ともなると夜は冷える。
タツ(まだ稼働はしていないが出してある)に入っているから気づきにくいだけで、部屋も少しひんやりしていた。


「どうぞ、粗茶でございますが」
「いやいやどうも、お構いなく……いやいや。ご馳走になります」


先程の紳士は祖母に案内されてコタツの前に座っていた。

「冷えますから、どうぞ入ってくださいね。祖母ももう戻ると思いますので」
「ありがとう、君が琴馬くんだね。千さんから話は聞いていたが、礼儀正しい良いお嬢さんだ」


紳士はそう言ってにこりと微笑んだ。


「光栄です。でもまだまだ叱られてばかりなんですよ」
「ははは、千さんは厳しいな」






「実際まだまだじゃよ」

紳士と言葉を交わしていると着替えを済ませた祖母が苦笑いしながら部屋に入ってきた。

まぁ、こういう接客くらいはさすがに回数が多くて慣れたからこなせているけど、祖母の言うように私はまだまだなのだ。
祓い屋としても。





中学を卒業したあと、高校へ行くことを断念して寺での修行を始めた。

十六で家の仕事を手伝い始めるというのは、もちろん抵抗がなかったわけではない。
ただ、兄のように高校の勉強も疎かにせず、かつ家での修行もキッチリこなす、なんてことは到底できそうになかったから、諦めただけ。

今でも街で見かける女子高生を見ると悔しくて、羨ましくて、少し妬ましい。



勉強は家庭教師が来て教えてくれるから、多分同程度のことは学べているのだろうけど……学校の帰りに寄り道をしたり、休みの日は友達のおうちへ行ったり……そういうの、してみたかった……。


なんて今更言っても仕方ないか。



「それじゃ私は部屋に戻るね」

どうぞごゆっくり、と紳士に告げようとしたら、祖母が手を上げて制した。


「今日の話はお前にも関係がある話じゃ。自分のお茶をいれてここへ座りなさい」



私にも関係がある話。
祓い屋の仕事じゃないのかな?
祖母の仕事にアシスタントで着いて行くことはあるけど、正直役には立たないのだ。

祖母いわく、感応能力が高すぎて霊気を浴びると恐怖で動けなくなるそうな。
それに慣れるために毎度毎度、除霊には同行させられるのだけど。


私は言われた通りに自分のお茶をもってコタツに入った。


そして、信じられない話を聞くのだ。
降って沸いたような、夢のような話を。