激しい雨に打たれ、髪も服も数秒でびしょ濡れになり、肌に貼り付いてくる。
前を見ず、溢れる涙を拭うように走っていると、強く腕を引かれる。
ものすごい雨で、私を捉えた人の言葉は聞こえないが、それでいいのだ。
このシーンに言葉は必要ないのだから。
私は彼の手を振りほどくが、彼は私をきつく抱きしめる。
拳を握り、私は彼の胸を叩き続けた。
――― 最初は、涙なんて流せなかったけど。
今なら出来る。
カメラが真横に迫り、私達は絶妙のタイミングを見計らって、動いた。
私の手が葵の頬を打つ。
手加減など、一切しない。
打たれた葵は痛そうに顔をしかめたが、私の頬を両手で挟み、切なく、熱く、見つめてくる。
私は、泣いた。
声を出さずに、泣いた。
葵 ――― いえ、「彼」の顔が近づいてくる。
――― 唇が触れた瞬間、するりと力を失った「彼」の身体が地に崩れ落ち、水飛沫が跳ねた。
スローモーションのように見えたその光景が信じられずに目を見開く「私」。
倒れた「彼」を、真上から撮るカメラ。
「彼」のそばにしゃがみ込み、すがりついて慟哭する「私」 ―――――― 。
「カァァァットォォォ!!!」
部長の感極まった声で、私はフッと現実に戻って来た。
ワーッと歓声が上がり、スタッフに囲まれて。
体を起こした葵と目が合って。
「……最高の演技だったぜ、千歳」
差し出される葵の手に、ゆっくりと自分の手を重ねて ――― ようやく、終わったのだと理解する。
途端に、今度は流すつもりのない涙が溢れ出した。
部員 ――― スタッフに渡された花束に顔を埋めるようにして、私は声を上げて泣いた。
―――― ああ、私の中の「彼女」は、もうスクリーンの中へと昇華したんだわ。
……本当に、やり遂げたんだわ……。
泣き止むことのない私を慰め、冷やかし、或いはからかい、部員達が抱きついてきたところで部長が撤収の合図を出し、濡れ鼠の集団と化した私達は部室へと駆け出した ――― 。