二人は徐々に賑わい出した式場で、辺りを見回していた。
「いませんわね……」
「絶対、なんかやらかすと思うんだけどなあ」
「よーう、ドラコにウィッチ」
「パノッティ……サタンを見なかった?」
「いや? オイラ笛吹いてたから知らない」
ぴょいぴょいと跳ね、また笛を吹きながら去る友人を見つめ二人は更に不安を募らせた。
サタンが何もやらかさないわけがないのだ。
なにせ、アルルとシェゾの結婚式の招待状を見て「朝が来なければ明日にならないだろう!」などと天地の理すらねじ曲げてしまった男なのだ。
馬鹿だが、その力は凄まじい。
「セリリちゃん、喉は乾いていないかい? 何か欲しいものは?」
後ろからすけとうだらの声が聞こえた。
セリリが来ていると言うことは……と、二人が恐る恐る振り返ると。
やはり、そこにはタライ。
タライ一杯に張った水が、タライを担いだすけとうだらが歩く度にそこいらに飛び散っていた。
「たら! それはやめいっ!」
ドラコがすかさず飛び蹴りを放つ。
「ぐっはぁ!」
すけとうだらが、セリリ入りのタライごと地に倒れ伏す。
「セリリさん、これを使いなさいな」
ウィッチが投げ出されたセリリに、荷物の中から取り出したショールを渡す。
「すけとうだらに担いでもらいなよ、セリリ。タライはさすがにまずいよ」
「ご、ごめんなさいごめんなさい……」
「あたしが担いであげてもいいんだけど、それだとすけとうだらが黙ってなさそうだしね」
ドラコはサッとタライを取り上げ、にっこり笑って。
ウィッチもセリリの肩にショールをかけてやると、微笑んで。
「ももも~! 商売するなぁ~!」
「なす! 跳ねるんじゃないですわ! 焼きナスにしてしまいますわよ!」
「こらミイラ! 包帯をまき散らすなー!」
まずは式場の治安維持、とばかりに忙しく走り回るのだった。
やがて、二人の健闘のお陰か大した騒ぎもなく式が始まった。
アルルに片想い中だったラグナスが大泣きしていたが、それもどうやらウィッチの慰めで落ち着いたらしい。
まだハンカチを噛み締めてグズってはいるが、ウィッチに頭を撫でられて照れたように笑う。
「……ははぁん」
ドラコは意味深に笑った。
ラグナスが新しい恋を見つける日は、そう遠くなさそうだなとほくそ笑む。
「……アルル」
式場の扉が開き、ヴァージンロードにアルルの姿が見えた。
艶やかに着飾ったルルーに手を引かれ、少し緊張した様子で、一歩、一歩、噛みしめるように歩いてくる。
まっすぐに、待つシェゾを見つめ……
シェゾが微笑んでみせると、ようやく綻ぶように笑い。
ルルーも誇らしげに、艶やかな笑みを浮かべてアルルをエスコートしていた。
なんだかんだ言いながら、アルルを一番心配し、可愛がっていたのは他ならぬルルーなのだ。
「シェゾ。いいこと? アルルを悲しませるようなことがあれば、女王乱舞をお見舞いするからね」
シェゾの前に立ち、そう言ったルルーの声は少し震えていて。
シェゾもそれには気付いているのだろうが、あえていつものシニカルな笑みを浮かべてみせ。
「生憎と、この先俺がそいつを喰らう予定はないんでな。……安心しろ」
すっ、とアルルに手を差し出した。
「そう。そうね、あんたならアルルを任せられるわね。……私はもう行くわ、まだやらなきゃいけないことがあるから」
涙を見せないように。
バサリと艶やかなウェーブヘアをかきあげ、ルルーは颯爽と式場の出口へ向かう。
「アルルー! 我が妃よー! 許さん、許さんぞ結婚など……ぐぉっがはぁっ!? る、ルルー何うぉっ! ぐっへー!!」
扉の開く音と同時に、ミシミシ、ベキベキ、ぼぎんっ、と何やら軋んだり折れたりする音が聞こえたが、やがて
「サタンさまにはわたくしがおりますわぁぁぁ~! 女! 王! 乱! 舞~ッ!」
……やがて、式場には静寂が戻ったのだった。