翡海さんへの捧げ物2(葵千歳)

「そろそろ定時連絡の時間だな」

きゅ~ぅぅぅ

「そういえばまだだな、もう15分は過ぎてるのに」

くるっくるっくるるる

「何か動きがあったのか……?」

ぎゅーくるるるるぅ

「こちらの要求を飲んだのかもしれないぜ」
ぐっきゅー

「だとしたら」

ころころころ

「北条さんか織田さんから連絡」

きゅるるっくぅ





………………。



「「うるせー!!」」


腹の虫がくるくる鳴くのだ。

与えられる食事をことごとく拒んだのだから当然のことながら、私はもう2日何も食べていない。
人間て、どんな時でもお腹はすくものなのねぇ……



「食わないからだろうが!」
「食べるか!? 食べるなら頷け!」


耳せんを奪われて耳元で怒鳴られる。

私はぶんぶんと首を振った。
誰が食べてやるもんですか!!


「強情な女は嫌われるぜ!」

ぺしん。

業を煮やした男の一人が私の頭を平手で叩いたらしい。




触らないでよっ!!


叫んだが、それは単なる唸り声にしかならなかった。


なんか、もう、落ち込んでた気分が台無し。
お腹は鳴っちゃうし、気安く触られるしで腹が立って来たわ。





「ぐるるる……」
もう、このままで暴れまくっちゃおうかしら。




私がそんなことを考えた時だった。



急に辺りが騒がしくなり、二人の男がバタバタ走り回っているのがわかる。


「ほ、北条さん! どうなりまし……た……」

北条さん?
北条さんが訪ねて来たってこと?


「あ……あわわ……」

男たちの声が上ずっているのはどうしてだろう?


耳だけしか聞こえない私には、何が起こっているのかわからない。


すると北条さんが諦めを滲ませたような口調で穏やかに言った。

「浅井君、今川君……我々の敗けですよ」



それとほぼ同時だった。

「秀、こいつ押さえてろ!! お前ら、痛いで済むと思うなよッ!! 食らいやがれぇッ!!」

葵?
葵よね、今の声……

別人かと思うような、咆哮のような叫びだったけど。

「うわ、うわわわわ! 暴力はやめたまえ!」
北条さんの狼狽した声。

ガシャン、パリーン!

どすん、ばたん。

ガタガタ、ドサッ。


色んな音と振動が辺りを揺るがせている。

「わぁあっ! 俺たちはただ、っぎゃー! 痛い!痛い!」
「やめてくれ! うわぁ助けてー!」

二人の男が悲鳴を上げた。

「許さない! ちーちゃんをイジメた罰だあっ」

わぴこの声も、なんだかいつもより低くて……怒ってる?


どうやら、助けが来たようで。
葵とわぴこが大暴れしてる、みたい。


「千歳っ! 大丈夫か!?」

頭のすぐ上で声がして、身体を抱き起こされる。
「くそっ……なんてことしやがる……!」

私を助け起こした葵は、目隠しを慌ただしく外してくれる……


―――― 眩しい。

久々に見る光に目が眩み、私は数回瞬きを繰り返し







見た。



見てしまった。








にっこり笑った北田くんが、部屋の入口で北条さんに右アッパーをお見舞いしているのを。
助けに来てくれる『はず』なんて思ったこと……彼には言えないわ……
『信じてなかったんですか?』
なんて、あの笑顔で言われたら腰が抜ける。確実に。






「こりゃ……ご丁寧なこったなあ」
葵が猿轡を外してくれたが、私は慌てて口元を両手で覆う。

何しろ口を閉じられなかったのだ。
唾液は流れっぱなしで……とてもじゃないけどこんな姿、見せられない!


そう思ったのに、葵は私を力任せに引き寄せ、かき抱いて。
苦しいくらいに抱きしめられて、ぷつん……と何かが私の中で切れた。


「……ふぇ……っ……ええぇ」

涙が洪水のように溢れて溢れて止まらなかった。

「あーよしよし、遅くなっちまってごめんな」

葵はただ、優しく私の髪を撫で続けてくれて……