「いよいよ明日は軽井沢ね」
今日も葵の部屋。
終電の時間などとっくに過ぎているが、ようやく練習が終わったばかりだった。
「そーだな。集合は9時に駅か……」
「まあ、荷物は先に送ってあるし。身軽でいいわよねー」
「手ぶらじゃ旅行気分はちょっと味わえねーけどな」
コーヒーを飲みながら、未練たらしく2人して台本を眺める。
まだ、自信がないのだ。
「もうちょっと練習したかったんだけどね……まだ掴めていないのよ、イメージが。あと少しなのに……」
私が溜め息混じりにそう言うと、葵は時計を見つめて腕を組んだ。
「……泊まってくか?」
「えっ!?」
「泊まってくなら、車の運転する気力と体力残さなくていいし、もう2時間か3時間は練習出来るぜ」
俺はソファで寝るし、と言う葵を見つめ、私は困惑した。
魅惑的な誘いではあるけど、もうじき桜も咲く時期とは言えまだまだ夜は冷える。
「葵が風邪引いちゃうわよ。明日はクランクインなのに」
こう言えば、葵がどう返すのかは想像がつくけど、それでも。
私は武器を持ってる。
強大な力を持つ、『言葉』という武器を。
案の定、葵はイタズラっぽく笑って。
「んじゃ、一緒に寝るか」
「そうしましょう」
「ちょっ……」
にっこり。
笑ってみせる私に、葵が言葉を失った。
「理性に自信はあるでしょう? ないのかしら?」
爆弾、投下。
葵は何とも言えない表情で数秒、言葉を探すような仕草を見せたが、頭に手をやって溜め息をついた。
「……っあるよ! ああもう、他の奴の前でそういう迂闊なこと言うんじゃねえぞっ危なっかしい!」
「あら、信用してない人には言わないわよ」
「へーへー、ありがとうごぜえ~ます~。ったく、そんじゃ続きをやっちまおうぜ。あの長ったらしい台詞んとこ!」
「ふふ、そうね。頑張りましょう」
ごめんね葵。
でも男の人って恋人じゃない女の子とでも、そういう気分になるものだって言うし。
一応、釘はさしておかないとね?
ちょっと意地悪しすぎちゃったかしら?
でも、信じてるっていうのは本当。
葵に風邪を引かせたくないのも本当。
なかば自棄になったような葵の空元気ぶりに少しの罪悪感を感じながらも私は台本のページを繰った。
「じゃ、始めましょうか。34ページのここからね」
「おう。あのさ、ちょっと思ったんだけどここって笑顔じゃねえ方がよくないか?」
「そうかもしれないわね……両方やってみましょうか」
そうすればもう2人は「役者」の顔になっていて。
演技に熱中して、何度も何度もそのシーンを繰り返す ――― こうして、夜は深くなり。