「ただいまーっと」
「ただいま……と、私はただいまじゃなくてお邪魔しますよね」
思わず口をついた言葉に苦笑する。
葵の部屋で一息ついて晩御飯を食べる習慣がついているせいか、まるで自宅に帰ってきたような気分になってしまうのだ。
「別にいいんじゃねぇの? 一旦ここへ帰ってくることに違いねえし」
「そういう問題じゃないのよ、もう……まあいいか」
それよりお腹すいたわね、と言えば葵は食材を持ってさっそくキッチンへと向かった。
私も続く。
2人でカルボナーラを作り(2人でやった方が早いので)、ささっと平らげて(我ながらいい出来だった)、台本を広げる。
「そろそろ撮影も近いし、このシーンを重点的にやっとくか」
「そうね、読み合わせはいいけど演技の方ももう少し練習しておかなきゃいけないわね」
「ああ」
台本とにらめっこしている私。
目で追う文字に影がさし、私は顔を上げた。
――― ああ、また。
葵のキスは突然で、どう反応していいのかわからなくて困るわ。
さすがに毎日「練習」しているおかげなのか、慣れては来ているけど。
「……今日はたくさん練習できそうね」
「キスシーンだからな。最近慣れてきたか?」
「少しはね……まだドキドキするけど」
「そりゃまあ、少しはするだろ普通……さて、やるか」
「ええ、湖のほとりで2人が抱き合うところからね」
抱き合うシーン……。
少し前の私なら悲鳴をあげていただろう。
だけど今は毎日葵とキスの練習をしているから。
おまけとして「抱きしめ」なんかもたまについてくるので、何とか顔だけは平静を保てるようになった。
ドキドキするのはまぁ、しない人の方がおかしいと思うので仕方がないとして。
――― そして今日も午前様。