- THE FOOL - 1

 昨日から春休みに入っているので、今日の葵の予定はバーゲンセールめぐり


の、はずだったのだが。


 風も少し暖かくなってきた3月下旬。
そろそろ桜も花をつけはじめたこの時期の、実に気持ちの良い散歩道を歩く葵の顔はさながら雨模様だった。


「たく、何だって俺が千歳なんかの看病しなきゃならねぇんだよっ」


春の息吹を感じる余裕もないまま、ずんずんと大股で歩きながら一人ごちても心は晴れず。
目一杯の仏頂面で、葵は千歳の家に到着した ――― 。



苛立ちをぶつけるようにしつこくチャイムを鳴らす。
「おーい千歳! 来てやったんだからさっさと開けやがれー!」
脳裏に浮かんでは消える、自分の元にやって来るはずだったバーゲン品の数々が更に葵を苛立たせた。

しつこくチャイムを押しつづけて1分ほどが過ぎただろうか。
ようやく、鍵を開ける音がしてゆっくりと扉が開いた。
「人を呼びつけといて随分遅い出迎えじゃ……」
今まさに嫌味をぶつけようとしていた葵の動きが止まる。
目の前にある光景に、思考が一瞬停止した。


「ごめんなさい、葵……とにかく、入って……」
扉にもたれかかるようにしてようやく立っている千歳。
白いフリルのついたネグリジェのまま、髪も乱れていて顔は赤いのに、その顔にはまるで生気が感じられない。
いつもの覇気は微塵も見当たらず、思わず目の前の人物が別人なのではないか、と疑ってしまうほどに千歳は憔悴しきっていたのだ。



千歳から「助けてほしい」と電話があったのは、今まさにバーゲン会場へ向かわんとしていた時だった。
何事かと思えば、インフルエンザで寝込んでしまったので差し入れを持って来て欲しい、という実につつましい頼みで。
わぴこや秀一に頼めよ、と言えばもう電話はしたのだと言う。
しかしこんな時に限ってわぴこは行方不明、秀一は家族旅行で留守。
仕方なく、葵に電話をしたのだと念を押された。