どたばた、廊下を走る靴音。
私は、クローゼットにでも隠れようかと一瞬視線を彷徨わせたが、わぴこのことだ。
どうせ一発で見つけてしまうに決まっている。
諦めて、扉を見つめる。
足音だけで、誰が来たかわかるようになってしまった自分を恨めしく思いつつも。
それだけ、「彼ら」といた時間が濃密なものだったのだと思うと少しの感傷もあったりして。
ばたーん!
「ちーちゃん、鬼ごっこしよー!」
「鬼と言えばお前しかいないだろ、なっ千歳!」
「おだまりっ!!」
勢いよく開いた扉に負けない勢いで飛び込んでくるわぴこと葵。
葵のほうはなんだか聞き捨てならないことを言ってた気がするけど……
ここで「なんですって!?」と乗せられたら最後、気づいたら鬼ごっこしてる……なんてことになりかねないのでグッとこらえる。
「あんたね、今がどういう状況かわかって言ってるの!?」
私は立ち上がってわぴこを見下ろす。
わぴこは案の定というか、「何が?」という顔。
「中学3年の夏よ! 受験があるでしょう! 今までみたいに遊び呆けてる場合じゃないのよ!」
「でもよー千歳」
「何よ!」
「受験生だからこそ、たまには体動かして息抜きすることも必要だと思わないか?」
……………………!!??
「あ、葵が…………葵が…………まともなことを……!?」
「ちょっと待てお前俺をなんだと」
「まあまあ葵。でも確かにそうかもしれませんよ、生徒会長。放課後に少し体を動かして、スッキリしてから帰って受験勉強をした方がはかどる場合もありますし」
「そーそー。たまには走り回ってそのタプタプの腹を引っ込める努力もしろよなー」
「ぬぁぁぁんですってぇ!?」
「あ・お・い?」
「ひっ……わ、わかった秀、わかった俺が悪かった」
「謝る相手が違うよ?」
「わぁったよ! ああその、千歳悪かった! お前の腹は見たことないがタプタプしてないだろう! きっと!」
「なんっか妙~に言い方が気に食わないけど……まあそれはいいわ。で……どうせクラスのみんなも校庭で待ってるんでしょう?」
私が呆れ顔で言うと、わぴこの表情が輝く。
「うんっ! やっぱりちーちゃんは優しいよね! わぴこ、ちーちゃんだぁい好きっ!」
「はいはいもう、しょうがないわねぇ……少しだけよ」
抱きついてくるわぴこに思わず頬が緩む。
なんだかんだ言って、私もわぴこには甘いのよねぇ。
それは北田くんも同じみたいだけど。
ほら、ほら、早く!
わぴこに手を引かれてハイハイと苦笑しながら校内を走る。
本当は、もう仕事は終わってる。
わぴこたちが私の仕事が終わる頃を見計らって来てくれていることも知っている。
あわただしく校舎を出れば、持ち上がりで面子の変わらないクラスメイトが、ぎょぴちゃんが、こちらに向かって笑顔で手を振っていた。
ことさらに不機嫌そうな顔を作ってため息をついて見せた後。
私は相好を崩す。
感傷。
もうじき、受験がある。
もうじき、みんなとお別れ。
もうじき、わぴことお別れ。
もうじき、北田くんとお別れ。
……もうじき、葵と……お別れ。
このところ、塞ぎこんでいた私を気遣ってくれたのだろうか。
だって。
お別れがこんな寂しいものだなんて、初めて知った。
お父様がいなくなって、これ以上寂しいことなんてないと思ったはずなのに。
帰ってこないお母様を待つこともやめて、一人でも平気になったと思ったはずなのに。
どうしてこんなに、寂しいんだろう。
みんなと、こうやって遊ぶこともなくなる。
それがどうして、こんなに辛いの?