――― 何だって言うの、もう!
せっかく皆と楽しく話してたのに……
そう言えば葵が「諦め悪そう」って言ってたわね。
あの演技を見て理解できないなんて、この男バカなのかしら?
……そうか、そうよね。
いい手があるじゃない。
私は内心ほくそ笑み、極上の笑みを作る。
「わざわざ待っててくれたの? こんな時間まで……ごめんなさいね。じゃあお願いしようかしら」
言いながらバッグの中の何かを探すような振りをする。
「あらっ……ないわね。ねえ葵、私、部屋の鍵を忘れて来ちゃったみたいなのよ。どこかへ寄るつもりなら私が先にあけておくから、貸してくれない?」
わざとらしくなかったかしら、と少しヒヤヒヤしつつも少し大きめの声で言い、葵を振り返る。
葵はきっと見ていたと思う。私が断り切れないようなら助け船を出そうと。
だから、今の葵はきっと ―――
――― やっぱり、笑ってた。
「今朝ダイニングに置きっぱなしになってたぜ。しゃーねえな、面倒だから一緒に帰るよ。その代わり夕飯の買いモンは付き合えよな」
――― こんなもんでいいだろ?
サングラスの奥の瞳は、そう語っていて。
私は小さくウインクして葵のそばへ歩み寄り腕をとる。
「ありがとう葵! 買い物くらいいくらでも付き合うわよ。今日は私が作るわ」
「そっか? じゃあ俺シチューが食いてえな」
「いいわよ、ホワイトシチューね」
なるべく自然に聞こえるように、しかし男にはちゃんと聞こえるように、注意深く会話しながら2人並んで歩き。
「そういう事になったから、気持ちだけ頂いておくわね。ありがとう」
呆然と立ち尽くす男にニッコリ笑って声をかけ、部室を出た。
「やるじゃん」
腕を引いて廊下を歩き出した私の肩を抱いて顔を寄せ、葵が言う。
その声は久しく聞いていなかった、懐かしい、悪戯が成功した時のそれで。
「お陰さまで」
私も葵に顔を近付けて答える。
顔を寄せて2人で楽しそうに笑う姿は、さぞ仲の良いカップルに見えているだろう。
私がホッと一息ついてそう思った時。
「だめ押ししとくかな」
「え?」
葵が呟いたかと思うといきなり正面に回り込まれて、額に軽くキスされた。
「ち、ちょっと葵ったら! 人が見てるじゃない!!」
び、びっくりした……
「見ててもいいじゃねーか。気にしない気にしない」
「もう~……」
だめ押し、ね。
確かにこれだけやれば……効きそうねえ。
葵ってやっぱり性格悪い、と思いながらも笑ってしまう私も大概性格悪いわよね。ふふっ。