『Wake up,My Prince 3(Wake up,Sleeping Beauty~千歳side)』

「行かないで」
――― 声が出ないの
「待って、葵」
――― あなたに届かないの
「素直じゃなくてごめんなさい」
――― お願い、私の前から去らないで


闇の中、もがいてももがいても、遠くへ歩いて行く葵に追いつけない。
千歳はそれでも、声にならない声で呼びかけ続ける。

「行かないで、葵」
「葵、ごめんなさい」

手を、伸ばした。
(千切れても構わない。それであなたに届くなら)
泣きながら、手を伸ばした。

――― 葵が、振り向いた―――


「千歳」
その声は、遠くにいる葵から発せられたものではなかった。
何かが、頬を滑って行く。
涙ではない、あたたかな何かが。

「なあ、俺はお前を泣かせたかったわけじゃないんだ」

頭上から聞こえたその声に、千歳の意識は一気に覚醒した。
先程までの恐怖は消え去る。
夢、だったのだ。
今すぐ目を開けたい。
葵の顔を見たい、これが現実だと確かめたい。

でも。

頬を撫でてくれる手の温もりを失いたくなくて。
それに、と千歳は眉を寄せた。

(きっと口を開けばまた憎まれ口しか叩けないわ、私)

このまま眠った振りをしていれば葵は出て行くのだろうか。
明日は何事もなかったように、いつもの二人に戻れるのだろうか。