ミルキーウェイ・シンドローム(前)(葵×千歳)

 七夕大会をやりたい!!





わぴこの一声で開催が決まった、この七夕大会なるもの。

そもそもだ、七夕っつうのは、笹に短冊を吊るして静かに天の川を見ながら織姫と彦星に思いを馳せるもんだと、俺は思うわけだ。
大会にするもんじゃねえだろ……


大体、あのダメダメ魔神の千歳が何でこれを二つ返事で了承したのか、俺は不思議に思ってたんだ。

ま、その疑問はすぐに秀一の蒼白な顔が物語ってくれたけどな。



そう。
今、千歳は七夕大会の会場である体育館に作られたステージの上で、織姫の衣装に包まれてご満悦らしい。



生徒会費で買いやがったな……



で。
そこまでなら別に俺には関係ねーと言っていられたわけだが。


「……葵。衣装代を無駄にする気かい?」


今、臨時の控室となった体育館倉庫を逃げ出そうとする俺の首根っこを意外な程に凄まじい力で捕まえて、秀一が壮絶な微笑みを浮かべているのだ。



全校生徒の投票で選ばれた彦星、それが今日の俺だった……ちなみにわずか1票差で秀一は被害を免れたわけだが。畜生。



「葵ちゃんまだ着替えてないの? はやくはやくー! ちーちゃんすっごく綺麗なんだからー!」


わぴこまでがやって来て、ぴょんぴょん跳ねながら俺に着替えを促す。




結論!
今日の俺には味方はいねえ!










「……しかしよ、七夕大会って一体何すんだよ?」
観念して着替えながら、秀一に尋ねると奴はポケットからプリントを取り出して。

「大したことはしないよ。裏山の竹藪から調達した笹の葉に全校生徒で短冊をぶら下げて、七夕の歌を歌って、あとは夕食会だね」


「……あっそ」


じゃ、まあ、俺は座ってりゃいいんだな。



「あ、それと最初に織姫と彦星が再会するシーンを舞台上で再現する寸劇があるけど」



待て!
何をついでみたいに言ってやがる!

どう考えてもそいつがメインじゃねーかよ!


「台詞ないし、適当にやってくれたらいいよ。BGMが大音量で流れてるからさ。雰囲気作りには必要なんだ」


秀一の奴、自分が彦星を免れたからこそこんな下らねぇこと考えやがったな?



「あーもう、わかったよ! やりますよ! 何でもやってやるから腕を掴むな!」


俺は今日、織姫と彦星に願ってやる。

二度とこんな下らねえイベントに巻き込むなと!!







 だが。

「……つうか、俺やっぱり彦星で良かったかも」

舞台の袖、出待ち中に俺は『それ』にだけ聞こえるように呟いた。


『それ』……天の川を渡る小舟のハリボテ台車を這いつくばって押しているのは、他ならぬ秀一なのだ。

あっちでは千歳のハリボテ台車をわぴこが押してる。


二人とも、かなり苦しい体勢だ。


「それは何よりだよ」
苦しそうに笑う秀一に、ちょっとだけ同情した。




 ……舞台に明かりが入り、叫び声すら聞こえないような大音量でBGMが鳴り出した。
舞台の上手と下手から、同時にハリボテの船が動き出す。


しかし、秀一は大丈夫なのか?
そればかりが気になり、ずっと下を向いていた俺は、自分が今、舞台の真ん中にいることを一瞬忘れていた。

俺を見上げた秀一が必死の形相で上を指差す。


あ、そうか。
演技だな、演技。



我に返り、顔を上げた瞬間……だったと思う。よく覚えてないが。



どんっ!



俺の体に千歳がぶつかって来たのだ。
わぴこの押すハリボテ台車の上で辛うじてバランスを保っていたのだが、止まった衝撃でついに限界に達したようだ。

俺の方も実はかなり限界だった。

結果、二人は待ちかねたように抱き合う ――― という構図が完成したようで。


俺に受け止められ、慌てて顔を上げた千歳の口許が「ごめんなさい」と言葉を紡いだようだった。

そして俺は今日初めて、織姫の姿を目にする ――― 。




正直に言おう。

俺は、目を奪われた。



千歳は黙っていれば、かなりの美人だ。

そして、今この舞台の上はどんな声も凄まじい音にかき消される状況。

俺達は、音の大洪水の中、二人だけの静寂に包まれていると言える。


こんな状況で雰囲気に呑まれるなというのが、そもそも無理な話だろ?



……なんて、グダグタ言い訳してるけど。

早い話、織姫の衣装に身を包んで薄化粧を施した千歳に見惚れてしまったんだ。



自分の意思とは無関係に俺の手は千歳を捕らえ、その小さな身体をぎゅっと抱きしめて。

千歳は驚いたようだが、演技だと判断したのか俺の背に手を回した。


抱きしめた千歳の身体からは化粧品の香料か、シャンプーの香りか、フローラル系の香りが立ちのぼる。


もっと深くその香りを味わいたくて、俺は千歳の髪に顔を埋めた。





こいつ、柔らけーな……
もっと……、もっと、千歳を……感じたい。


そんな、初めて感じる、強烈な欲に逆らえるはずなんてなくて。




気づけば俺は、千歳の肩を押して身体を離すと、呆気に取られて固まる彼女の唇を奪っていた。




七夕大会会場が、拍手と喝采で割れ返る。


秀一の機転で幕が下ろされた後も、俺は千歳を離せなかった、けど。







――― なあ千歳。お前の気持ちなんてまるで考えずに唇を奪ったんだぜ、俺は。なのに……俺の背中に回した手に……どうして力を込めた?