焦れた俺と、気付かぬアイツ(葵×千歳)

「千歳、付き合ってくれないか」
ある日の休み時間。
いきなりの葵の台詞に以前の嫌な思い出が蘇る。

そう言えばコレで見事にセール要員に駆り出されたことがあったわね……放課後まで私がどんな思いでいたと思うのよ。

……と言っても、葵はそんなこと知る由もないのだけど。



私はふぅと溜め息をついて、葵に向き直った。
「……今日は何? 卵? 牛乳?」
ま、生徒会もないし。
悔しいけど、葵のことが好きな私としてはどんな理由であれ一緒に居られるのだから断るメリットはない。

すると葵は満面の笑みをたたえて
「お一人様1つ限りの大サービス品! しかも先着1名様のみ! 急げよ千歳、手に入らなくなっちまうぜ?」

と言って手を差し出した。
手でも繋いで行こうっていうの?

とは言え、その、先着1名様のみの大サービス品というのが何なのかは気になる。

「だから、モノは何なのよ?」

気になるからそう聞いたのに、葵は勿体ぶってチチチと舌を鳴らした。
そして差し出した手をズイと私の方につき出して

「いいからまず手を出せって。ほら」
クイクイと指を曲げて見せる。
一体何がしたいのか。

そもそも、先着1名様のみってことは葵と私で行けばどちらかが手に入れられないじゃない?

それとも、女性限定とかかしら。
私に逃げられないようにしたいのなら、葵のことだからとっくに腕でも何でも掴んで歩き出しているだろうし。


全く話は見えないが、葵がしつこく手を差し出してくるので、そっと手を重ねた。


そしたら。

「はい、先着1名様お買い上げ~」

葵は『にっこり』を『にやり』に変えて、重ねた私の手をぎゅっと握り込んだ。


「へ? ちょっとちょっと、何なのよ? 私はまだ何も……」

葵に手を握られたことに狼狽しつつ、更に葵の言葉の意味も理解しかねて私は慌てて言いつのるのだが……

葵は余裕綽々といった様子で私の手を握ったまま廊下を歩き出す。
休み時間だから、生徒がたくさんいるのに!

引きずられるようにして、私が何かを言おうとしたら葵が歩みを止め、振り返って言った。

「お一人様1つのみ、しかも先着1名様に限りの大サービス品。もう手に入れたじゃねぇか」


どういうこと?
『私が』手に入れたってこと?
だって、私は何も……

「……えっ? それって、商品はまさか」

思い当たること。

『手にしたもの』。


私は、自分から、葵の手に手を重ねた……わよね?



大きな目をまん丸にして葵の顔を見つめると、言いたいことがわかったのか。

葵は満足そうに大きく頷いて。

「そう、俺」


と、優しく微笑んだ……。