(仮)5

「あのえっと……ごちそう様でした……」


およそ30分後。

私は何故か、彼と2人、学食で向かい合って食事をしていた。
ものすごーく注目を浴びているけど、彼は時折チラリと周りを見るくらいで、別に喧嘩をふっかけて行くような様子もなく。


「ああ。まぁまぁいけるだろ、ここのメシ」
「あ、は、はい! すごく美味しかったです!」


本日の定食 ──── 季節野菜の天ぷら盛り合わせと炊き込みご飯定食、というのをご馳走になったのだ。


校内を案内してやるよと言われてやってきたのが、ちょっとしたレストランですかと言いたくなるようなメニューの並ぶ学内食堂。

中学の頃の古くさい食堂を思い浮かべていたので、白を基調としたモダンでオシャレなここを食堂だと認識するのには、正直、少なくない時間を要した。



トレンディドラマにでてくる大手の企業の社食とかがこんな感じだったかなぁ……。



料金は前払い制で、学生手帳についているICチップに現金をチャージしておき、受け付け兼レジのカウンターで支払うらしい。
彼が本日の定食ふたつ、と言ってピッとやってしまったので、慌てて財布を出そうとしたらギロリと睨まれて「変な気ィつかってんじゃねぇ」と叱られた。




この人の考えていることが全く読めない。
食べている最中は、ポツポツとだが話をしてくれた。
どの先生は身だしなみにうるさいから気をつけろだとか、この学校は金持ち学校だから設備、施設にはえらく力が入ってるだとか。


怖いのだが、話を聞く度にその内容の方に思考が行ってしまって、私も結構のめり込むように聞いていた。

そして思考が「怖い」に戻ってくるわけだが……行って戻って来る間に確実に「怖い」成分を何処かに少しずつ置いてきているような気がしてならない。





「よし、腹ごしらえも済んだことだし行くか」

彼が立ち上がってトレイを持ち、食器の返却口に向かって歩き出すので私も慌ててそれに倣う。


……私が逃げ出す、とか思わないんだろうか。
彼が向こうを向いている今なら、簡単に逃げ出せるのに。
本当に、わからない。この人が。




今のところ「不良」らしい行動は見ていないのだ。見た目はすっかり不良なんだけどな……誰かに喧嘩を売るでもなく、派手な女の人に囲まれるでなく、やたらと物に当たるとかいうこともなく……


そこまで考えて、気付く。

これって全部、マンガとか小説、ドラマで出てくる「不良像」じゃないかと。
私の持ってる不良の情報って、全てフィクションだ。
中学の時は、ちょっと先生に対して反抗的な態度を取る生徒はいたものの、不良と呼ばれるほどの悪さはしていなかったし。



この人だってもしかしたら、見た目で怖がられてるだけで、本当は真面目な人なのかもしれない。

「おい」

人を第一印象で判断するな、色眼鏡で相手を見てはいけないとおばーちゃんからもよく言われていたのに、私ってまだまだ修行が足りないんだな……


「琴馬」
「ひぇっ!?」


考えに没頭していた私は、ごく近くで呼ばれた自分の名前に驚いて飛び上がる。

「そこ、邪魔んなってるぜ」

彼に呆れたように言われ、自分が今どこにいるのか思い出した。

私は食器の返却口の前で立ち尽くしていたのだ。




「あわわ! す、すいません!」

「不良」が一緒にいるせいか、文句を言う人はいなかったが、みんな戸惑ったように私を避けて食器を返していた。
すいませんすいませんと謝りながら慌ててトレイを返却口に置き、待たせてしまったであろう彼に駆け寄ろうとして。



足が、もつれた。

妙に捻れたような体勢になり、一瞬、膝がカクンと力を失った。

あ、だめだ転ぶ ────



「お前、結構どんくさいんだな」

覚悟して両目をギュッと閉じていた私は、両腕を掴まれ、引き寄せられた ──── 彼に。
あわや大転倒というところを助けられたのだ、と理解して反射的に顔を上げた私は、思わず目を見開いた。



柔らかい微笑み。


ほんの一瞬だったけど、それはとても眩しくて。
途端、とてつもない速さで心臓が早鐘を打ちだした。



危なっかしいなとそのまま手を引かれて歩き出すことになってしまったが、どうにもさっきとドキドキの種類が違う、気がする。
怖くてドキドキだったはずなのに、このむず痒いような、妙な心地は何だろう。




……結局、彼に連れられて校舎の屋上にたどり着くまで、ドキドキはおさまらなかった。