3日後。
朝っぱらからごった返す駅の改札に俺は居た。
今日は土曜日だ。友達と遊ぶとか、デートとかの予定がある奴も多いんだろう。
まだ朝の9時半だと言うのに、改札は待ち合わせで大賑わい。
かくいう俺も待ち合わせではあるんだけどな。
電車の到着を告げるアナウンスの後。
「ごめんなさい遅れちゃった!?」
改札を出て合流する人の波をかき分ける様にして走ってきた千歳に目を向けると、久しぶりに見るスカート姿。
大学へ行きだした頃は清楚なワンピースなどを着ていた千歳だが、その見てくれのせいか毎日毎日ナンパされるので、面倒になってきたらしく最近はラフなパンツスタイルが増えていた。
それでも端正な顔立ちで尚且つスタイルもいいので、ナンパはさほど減ってはいないが……わぴこが暇なときはずっと一緒にいるという話だから、撃退は容易になったのかもしれない。
女2人だから余計に声をかけられている事を考えると差し引き0のような気もするが。
「いや、俺が早く出過ぎたんだよ。遅くなると混みそうだったからな」
「そうなの? ならもう少し早く待ち合わせても良かったかしらね」
フゥと息を吐く千歳は真っ白なノースリーブのワンピースに薄桃色のカーディガン、肩からは編み込みのトートバッグを下げていた。
ヒールの高くないパンプスは、今日あちこち歩き回ることを考えたのだろう。
ほんと、すっかり庶民の味方になってくれてお兄さんは嬉しいよー。
なーんて、ちょっと感慨深く思って、金の髪を撫でてみた。
俺の方は背が伸びたが千歳はほとんど変わっていないから、今では頭ひとつくらいの差がある。
「何よ? なんでいい子いい子されてるの私」
「いや、なんとなく?」
「何それ?」
しかし……先に言っておけば良かったかな。
ここで買う物はさほど多くないんだ。
朝飯食って、百貨店で必要な物を少し見るくらいしかする事はないんだよなぁ。
「せっかく1日歩き回れるようにしてきてくれたのは有り難いんだけどよー」
「ん?」
「今からモーニングで腹ごしらえして、百貨店で結婚祝いに貰った設定の食器とタオル類を仕入れるくらいなんだよ、ここで出来るのは」
「じゃあ家具とかはどうするの?」
「大型ディスカウントと、ホームセンター、あとはリサイクルショップを回ってみるつもりなんだけどな。だから車で来たんだよ、地下駐車場に止めてある」
話の途中ではあるが、千歳を伴って歩き出す。
ともかく、ここは人が多すぎて暑い。
梅雨も明け、燦々と太陽が眩しく照らす駅前の大通りに長居はしたくない。
街路樹からは蝉の声も聞こえて、いよいよ夏だなと俺は額に浮かぶ汗を拭った。
「あらら、それじゃあ今日は大忙しじゃないの」
「だな。帰りは遅くなるかもしれねーが大丈夫か?」
「平気よ、お休みだし。明日も特に予定がある訳じゃないから」
千歳の歩調に合わせながら、百貨店のすぐ傍にある洒落た喫茶店に向かう。
ここのモーニングは土日もやっている上、パンケーキセットやサラダが選べて割と量がある。それでいて値段はさほど高くないので、財布に優しくしっかり腹ごしらえが出来るのだ。
珈琲が美味いのもポイント高し。
「いらっしゃいませ~」
ウェイトレスがお好きな席へどうぞと言いながら水とおしぼりを取りに行く。
俺たちは窓際の席に落ち着いた。
「ご注文をお伺いいたします!」
「モーニングの、ホットドッグセット。ブレンドで」
「あ、えーと……モーニングのパンケーキセットを。私もブレンドでお願いします」
「はい、かしこまりました!」
注文を終えると、とりあえず氷の浮かぶ冷たい水を一口。
「あ~、コンビニで飲み物買っとけば良かったぜ。ずっと喉カラカラだったんだよな」
「ダメよー飲み物は持ち歩いておかなくちゃ。熱中症になっちゃうわよ」
ほら、と千歳はバッグから小さなマグボトルをチラつかせて笑った。
……ほんと、庶民的になったなぁ。
まぁ一人暮らし、お手伝いさんなんかいない、となると炊事洗濯掃除と、全部自分でやるしかなくなる。
千歳は掃除をしてみてゴミの多さに驚き、洗濯をしてみて自分の服の多さに驚き、炊事をしてみて最近の家電の性能に驚いたそうな。
実は、千歳の飯が壊滅的に不味かった理由はそこでハッキリした。
こいつ、味見をしてなかったんだ。
作ってる最中に料理に手を付けるなんてどーたらこーたら言っていたので、それはつまみ食いであって味見は必要なプロセスなんだと教えてやったら、大きな目を更に大きく見開いて驚いてた。
あとは本やテレビの料理番組に頼るのは普通のことで、恥ずかしいことではないということも教えてやった。
それでようやく、コンビニ弁当生活から脱却出来たのだという。
今では料理にハマって、今日みたいに予定があるとき以外はお菓子作りに没頭しているんだとか。
誰の手も借りずに生活することの大変さを痛感したらしい千歳は、俺たちにも遠慮なく質問を浴びせてきた。
特に高校の頃から1人暮らしを始めた俺からのアドバイスは、結構役に立ったと言う。
「その分だと塩飴とかも持ってそうだな」
「当たり前じゃない! 水分と一緒に塩分も補給しなくちゃ」
「うーん、世間知らずのお嬢様なんて何処へ吹っ飛んだんだか。お前も成長したよなぁ~」
しみじみ言ってやると、千歳はギロッと俺を睨み付ける。
「あんたが散々、おめーにゃ1人暮らしなんて無理だーとか言ってくれたお陰でね! ……でも」
ふ、と表情が和らぐ。
「感謝、してる。みんなが根気よく教えてくれたおかげで、私も人並みに1人暮らし出来るようになったんだしね……」
「ダチをからかいこそすれ、見捨てるなんて俺はしねーからな」
「からかうのもやめなさいっての」
あはは、と2人で笑う。
こんな風に千歳と笑い合える日が来たのは、ひとえに俺の努力あってのことだと思う。
周りに変われと願っても状況は変わらない。
だから俺がまず変わった。
千歳をからかうのはやめなかったが、やりすぎたと感じた時は謝ってみる。
たまには友達らしく心配してるんだと口に出してみる。
最初は中々信じてもらえなかったが、千歳もやがて少しずつ変わってきた。
笑顔を見せるようになった。
苦しい時は相談してくれるようになった。
大事な友達、と俺を誰かに紹介してくれた事もある。
子供の頃の喧嘩は数日もすれば忘れるもんだけど、そろそろ社会へ出ようかって年齢にもなると、遺恨を残したまま永遠に絶交……なんてことにもなりかねない。
毎日会えるわけじゃなくなるんだ。
会わなくなれば、謝る機会だって減るし、生活に追われてどうでも良くなるかもしれない。
俺だって、こいつのことは気に入ってるんだ。
秀一やわぴこと違って中学からの仲間だけど、比べるべくもなく大事な友達なんだ。
だから、ちゃんと。
仲良くなろうって、思ったんだよ。
決意が高校生になってからってのは遅すぎだよと秀一には笑われたけどな。