ごっこあそび2

嫌な予感てのは、どうしてこうも外れてくれないもんかな。




座椅子にもたれて俺はただうっすらと笑うことしか出来なかった。
そりゃそうだ。
嫌な予感は当たるどころか、俺の予想もつかないほど斜め上から全力で振り下ろされたんだからな。


「もしもし葵? 聞いてるかい?」

「聞いてるよ………………空耳だったと思いたいけどな」

「まぁ、気持ちはわかるけど……条件は悪くないと思うよ。生活費は浅羽くんが月の収入に見立てて支払ってくれるし、大学があるから撮影は朝と夜、あと休日の朝昼晩の2時間ずつ。それ以外は自由なんだし」



苦笑混じりでの秀一の説明はこうだ。


ちょこっと新婚さんを演じるくらいで理解できるとは思えない。
何より、長くて数十分の小劇場のために買い揃えるにしては小道具が本格的過ぎて割に合わない。


やるならいっそ徹底的に。


……つまり、朱子にはしばらくの間他の部屋で暮らしてもらって、俺と千歳は朱子の部屋で新婚さんごっこを1ヶ月単位でやらされる、という……


部屋にはカメラがあちこち付いていて、俺たちの手元にあるスイッチで録画し、1週間分が溜まったら浅羽に渡すことになる。





平日は朝と夜の2時間。
朝は1時間でも可。
休日は朝昼晩の各2時間。

ビデオが回っている間は、俺たちは新婚さんを演じる……というわけだ。

ここは新婚さんとしては必要だろうと思われるシーンがあるなら2時間の枠以外にも録画はしてくれていい、むしろして下さい。とは浅羽の言だ。




「話が大きくなっちゃったけど、乗り掛かった船というか……浅羽くんがどうしても、とあまりに真剣に言うものだからね……」



浅羽か……
中学生のころはアレだったが、さすがに大学生ともなれば奴とてそれなりにマトモになってはいた。

でも本人も自覚してるように、あくまで奴はイイトコのボンボンなのだ。

そのままでも俺たち庶民から見れば不自由のない、幸せな生活が送れるとは思うが……あいつ自身がそれを本当の幸せではないと感じ始めてる。



高校に入るまで、千歳さん、千歳さんと煩かった奴が、今では千歳を良い友人として見ていることは知っている。
何があったのかはわからない、けど千歳と浅羽の間で2人の関係を変えるだけの、決定的な何かがあったのは確かだ。




あいつが千歳に執着しないなら、トラブルも減る。
トラブルメーカーでないなら、さほど嫌うこともない。
そんなわけで、今は浅羽は俺たちにとって「友人」といったところだった。





「あーもー、しゃあねぇな! このままじゃ浅羽が気の毒だからな……仕方なく受けてやるって伝えとけよ。あと千歳と明後日買い物に行ってくるから、請求書の送り先も聞いといてくれ」


「……わかった」

くすっと笑う声とともに安堵したような息遣いが聞こえた。
何だかんだ言っても、秀一もあの危なっかしい友人を放ってはおけないんだろう。

「ありがとう、葵。千歳さんはもう説得しておいたから、心置きなく買い物してきてよ」



……千歳を説得したのか。
どうやって、いや、これは聞いちゃいけない気がするな。



「ああ。ま、ちょっと退屈な日常にシゲキも欲しかったとこだしな。せいぜい贅沢させてもらうぜ」


少なくとも今の暮らし……ボロアパートで一人暮らしよりは良い生活が出来そうだからな。



「そうだね、せっかくだから楽しんで。あ、そうそう」

「何だよ、まだ何かあんのか?」

「いや、大したことじゃないんだけど。新婚さんって設定だから、若干の縛りはあるんだよね」





……おい。
なんか、俺の嫌な予感レーダーがビンビン反応してるんですけど? 秀一サン。





「えーとね、ベッドはダブルベッドに限ること、夜の録画終了はやむを得ない事情がない限り、2人がベッドに入ったところまでであること、朝の録画は2人がベッドから起き出すところからであること……以上だよ。ね、大したことじゃないだろ?」









大ありじゃねぇかよ!!!!!

くそ……こいつは、ちょっと危険なシゲキだぜ…………