しんと静まりかえった部屋で、交わす言葉も見つからず
葵と千歳はそれぞれに考え込んでいた。
どうにかしてここから出る方法はないのか。
しかし、妙案が浮かぶこともなく
淡々と時間だけが過ぎてゆく。
日は沈み、室内灯の無機質な光が古文書の山と、その中で沈む二人をただただ照らすのみ。
この灯りで誰かが気付いてくれはしないかという僅かな希望も
「あと10分もすれば自動で消えるわ」
という千歳の言葉の前にかき消えた。
完全な暗闇が降りてくるまで、あと少し……。
「あーもう、考えてても仕方ねー。明日の朝には中から開けられるようになるんだし、死にゃしねーなら諦めるしかねえか」
葵は立ち上がり、古文書を片っ端から部屋の隅に積み上げ始めた。
「千歳、おめーも手伝え。せめて横になれるくらいのスペースは欲しい」
「ここで寝るつもりなの!?」
「ずっと座りっぱなしだと絶対疲れるだろ。寝ないにしても背伸びくらいできねーとな」
ほら、消灯までに片付けるんだから、と促されて
千歳も諦めがついたのか、いそいそと古文書のバケツリレーに参加したのだった。
なんとか明かりを失う前にそれなりのスペースを確保し、少し汗ばむ体を休めようと二人は座り込んだ。
そのあたりに放ってあったよくわからない布で床も拭いた。
梅雨が近いせいか空気はじっとりと湿り気を帯びて、動くと少し暑い。
二人は窓の真正面にあたる壁際にスペースを作っていた。
唯一、外界との繋がりを実感できる小さな救い。
たとえ空だけだったとしても、ずっと見えていた方がいいからと、あえて先程の窓の下にはしなかったのだ。
窓から見える空はもう暗く、どんよりと淀んではいたが。
「星空は拝めそうにねーな、こりゃ」
壁にもたれ、足を投げ出して座っている葵が特に残念そうでもない様子で言う。
「今夜から嵐だとか言ってたかしら…大型の低気圧がこのあたりを通るとか」
「ああ、そういや風が強かったな」
「速度がすごく早いらしいから、明日の午前中にはもう抜けてると思うけど…」
不安げに言う千歳には申し訳ないと思いつつも、葵は少し安堵していた。
台風並の低気圧のおかげで「当たり障りのない世間話」ができているのだ。
このまま何かしらの話題でずっと気を紛らし続けていられればいいのに、眠くなってどちらかが眠ってしまうまで。
どうにも都合のいい願いである。
葵自身にもわかってはいるが、願わずにはいられないほど…
二人きりの密室
という環境は刺激的すぎた。
だが願いをかけようにも、厚く重苦しい雲に遮られて
流れ星は見えそうにない。
ああ、やっぱり星空が見えないのは残念だなと、葵はため息をついた…。
気付けばいつの間にか明かりは消えていた。
じわりじわりと闇が狭い部屋を満たしてゆくのと同時に、蒸し暑くて鬱陶しいと思った空気すら急激に温度を失っていく。
物音ひとつしない部屋。
せめてもの慰みにとわけのわからない古文書を手にとっても、暗すぎて読めやしない。
元より読めるような代物でもないので、葵はそれを元通りに積み直した。
何かないか
気のきいた話題、気を紛らす面白そうなもの、いやもう気のきいたなんて贅沢は言わないから。
焦りを顔には出さず、しかし葵はとても焦っていた。
とは言え、何も思い付かない。
沈黙が痛い。
千歳はどうもないんだろうか。
そう思って視線をうつせば、彼女は不安そうに窓の外を見ていた。
「雷…」
「え?」
「雷が近付いてきてる」
「あぁ、音か…」
「そう。空気を伝う音の速度は1秒で約340メートルでしょ」
「気温によって差はあるけど、まぁそうだな。光は1秒で30万キロ進むから、音と光はズレて俺たちの所へ届く……」
そういえば無意識にやっていたが、それで雷の位置が大体わかるんだった。
葵は千歳の言わんとするところを察して自分も窓に目を向ける。
待ってましたと言うかのように空が眩く瞬いた。
その瞬間に頭の中で数を数えはじめる。
3、4、5、6……
10秒の所で遠くからくぐもった音が聞こえた。
「4キロ弱ってとこか」
「うん、さっきはもっと遠かったわ」
いよいよ嵐がやってくるのか……
踏んだり蹴ったりだよなと葵は壁にもたれ、頭の後ろで手を組んだ。
「……そうね」
千歳の表情は暗い。
まさか、雷が怖いのだろうか。
葵はためらった。
絶好のチャンス、ではある。
なんだお前雷が怖いのかよとからかえば……
千歳は怒るだろう。
それを機にくだらない話で間をもたせることができるかもしれない。
けれど……
閉じ込められて不安がっている千歳を、さらにからかうのはどうなんだ、とも思う。
葵は、悩んだ。
恵然さん専用選択肢
1.千歳をからかう。
2.千歳をなぐさめる。
3.何も言わない。