エイプリルフールSS ’10(葵×千歳)
「寒いわねぇ」
夕焼け空を眺めて、白い息を吐き出しながら千歳が言う。
「ちーちゃん、薄着だもん」
わぴこがそう指摘すると、千歳は頬を膨らませて。
まあ確かに、ワンピースにカーディガンだけとか寒いよな、とは思う。
「昼間は暖かかったから、もう大丈夫だと思って理事長室にコート置いてきちゃったのよ!」
「良かったらコレ使いますか?」
秀一が鞄からマフラーを取り出した。
おいおい、明日から4月だぜ。
とは言え、寒いものは寒いから俺はあえて突っ込まないが。
「どーする、この寒さじゃ二次会はナシか?」
そう。
今は春休み真っ只中である。
今年は学校の桜が1本早く咲いたので、俺たちはそこで昼間から花見をしていたのだ。
校内なので一般の人間は立ち入ってこないし、騒がしい公園なんかよりずっといい場所だった。
そして夜は夜桜がライトアップされているという公園に行って、二次会……の予定だったのだが。
「一旦家に帰って着替えてくるわ。スカートだと寒そうだしね」
「なら俺もついてって茶でもご馳走になるかな」
「葵、あんたね……」
「いいだろ?」
「……まったくもう」
唇を尖らせる千歳だが、その表情は苦笑。
当然だ、付き合ってもう1年半になる。
俺がこう言うだろうと予想はしていたはずだ。
だからこその表情。
「じゃあそういうことだから、またあとでなー秀一」
「あら、北田くんとわぴこにも来て貰えばいいじゃないの」
……またコイツは。
あいっかわらず空気読めないというか何と言うか……
しかし、秀一はなんとかそこらへんは読んでくれたらしい。
「いえ、ぼくらも荷物を置いて来たいので、あとでお邪魔しますよ。行こうかわぴこ」
「そだね! じゃあまた後でねー」
テクテクと歩き出す二人を見て、俺がちょっとホッとしたのは内緒だ。
まず結論から言おう。
夜桜は綺麗だった。
満開の桜もあったりで、それなりに満足はしている。
人も少なくてまるで貸切だった。
だが。
「はい、暖かい紅茶をいれたわよ」
「ありがとうございます」
「わぴこの分はあとから入れましょう、あの子長風呂だから今いれると冷めちゃうし」
「そうですね」
俺たちは今、千歳の家にいる。
わぴこは一番風呂に入っているわけで。
要は寒かったのだ。
真冬か、というほどに。
あまりの寒さに、さすがのわぴこも音を上げた。
「そりゃ人もいないわな……」
急遽予定を変更して俺たちは千歳の家でお泊り会をすることにしたのだ。
「やだちょっと、雪よ」
「ええ!? マジかよ!」
「うわあ、本当だ……少しだけどチラついてますね」
窓から外を眺めるとチラホラと白いものが舞っていた。
ありえない、と言いたいが確かにそういう年もある。
今年はどうやら花冷えの厳しい年だったらしい。
「ちーちゃん、お風呂ありがとー!」
わぴこが満面の笑みで部屋に入って来た。
冷えた体もすっかり温まったようで、すでにパジャマを着てくつろぎモード全開だ。
「おかえりなさい。じゃあ北田くんどうぞ」
「すいません、お借りします」
わぴこと入れ違いに秀一が出て行く。
「わあ、雪が降ってる!」
窓に張り付くわぴこに、俺は一応釘をさすことも忘れなかった。
「風呂冷めすっから、出るなよ?」
「ちぇー」
そういえば去年は、盛大に秀一を騙したんだっけなぁ。
俺は風呂にどっぷりと首までつかって大きく息をついた。
去年は俺と千歳とで、秀一を騙した。
わぴこには気づかれて失敗したが、秀一は見事に騙されてくれて俺たちは大笑いしたんだった。
……しかし……
秀一はあの時、来年は覚悟してくださいと言ってた気がするぞ?
「警戒しとかねえとマズイかな」
明日はエイプリルフール。
何も仕掛けてこないわけがないんだ。
「お、なんだよ楽しそうじゃん」
俺が風呂から戻ると、リビングでは3人がそれぞれにゲームのコントローラを手にはしゃいでいた。
千歳の家によく遊びに来ている俺が持ち込んだゲーム機。
たまには4人で遊んだりもするため、コントローラはちゃんと4つある。
ここにゲーム機を置くようになってから、俺の持ち物にパーティーゲームやレースゲームが増えた。
相変わらず千歳はどんくさいが、それでも思わぬ行動を取るのでたまに恐ろしい。
秀一は理詰めで毎度上位をキープするし、わぴこは……言わずもがな。
意外と戦力が拮抗していて実に楽しいのだ。
「おかえり葵。ほら、次のレースから葵も参戦だよ」
「へーへー、わかってら」
「負けないよー!」
「私だって負けないんだから!」
……ま、予定とは違ったけど。
こういう春休みは望むところだし。
まーいいか。
俺は急いで髪を拭き、いそいそと3人の所へ向かったのだった……。